嘘なんかつきたくないけど
『嘘とか恋とか』は、各エピソードの最後、読者に必ず「ウソッ!」って言わせるつもりなのかも。ほんと、私は毎回「ウソ~~、ちょっとちょっと~」って騒いでから、次のエピソードに進んでました。一気見しちゃうドラマみたい。続きが気になる。
主人公の“ひより”は、女性ファッション誌の編集者。忙しくも華やかな職場で、ひよりはどんな存在かというと……。
若手で、彼氏がいなくて、実は女性ファッション誌の編集者はひよりが本当にやりたい仕事じゃなくて(しかもそれがチームにバレバレっていうしんどい状況)、なんだか何もかもが停滞中。
忙しすぎて部屋も散らかり気味だし、大好きな作家の新刊も読めないまま。そんなときに思い出すのは“初恋の人”のこと。
ひよりの好きな人は、大人になった今でも初恋の“望くん”から更新されていないのです。
小学校6年生の女の子が真冬の空の下、裸足にクロックスで追いかけた好きな人には、彼にふさわしい年齢の恋人が当然いて、女の子の恋はそこで終わりました。その後すぐに望くんは進学で上京して、それっきり。切ない!
大人になってからは連絡もとらず、望くんが今どこにいるかもわからない。でも望くん以上の人に出会えていない。そんな彼とまさかの形で再会することに。
会えたと思ったら交通事故!? 慌てて病院にかけつけるとそこには……!
ああ、当時よりも、もっと大人になってる。大人になったひよりのことも、どうにか思い出してくれました。でも望くんの様子は少しおかしいのです。
望くんは、事故のせいで過去2~3年の記憶を失っていました。
この再会をきっかけに、事故でなにかと不自由な望くんを助けるようになったひより。
初恋の人とやっと再会できた~ってウキウキする余裕なんてひよりにはありません。記憶喪失になった望くんのことを精一杯気づかいます。
それに、ひよりにはわかっているんです。
この数年間のあいだに、望くんには望くんの人生があって、部屋には恋人の気配も。こんなおそろいのマグカップなんて恋人としか使わないよね。
小学生の頃に感じた「望くんの恋人は私じゃないんだよなあ」って諦めは、今でも尾を引いているんです。ひよりが抱く「ちがうなあ」って切なさはいろんなシーンで顔をのぞかせます。
仕事を自分なりに頑張ってはいるけど夢中になれなくて、評価もされなくて、なんとなく芯がないような彼女の生き方も「ちがうなあ」のひとつ。切ない。
さて、望くんとの関係に話を戻します。ひよりのモヤモヤを吹き飛ばすような「あるもの」を、ひよりは彼の部屋で見つけてしまいます。
これって望くんが書いたの? もしかして望くんは、事故に遭ったあの日、自殺しようとしていた?
このショッキングなノートには、恋人と別れて苦しむ望くんの言葉が並んでいました。恋人の名前は“S”とだけ残されて、詳細はよくわからないけれど、望くんには耐えがたい出来事だったよう。今は、ノートの存在も、書き込んだ内容も、キレイに忘れてくれてるようだけど……!
あ~~~~、怖い怖い怖い! そんなあからさまなペアのマグカップなんて手に取っちゃダメだよ~!
セーフ。でも今にも思い出しそうでホント怖い。そうだよね、ペアのマグカップだもん。「引き出物でもらったんじゃない?」なんて誤魔化すのも苦しいし。あーどうしよう!
ここでひよりは、ある「嘘」を思いつきます。初恋の人相手に嘘なんてつきたくないけれど、記憶が戻って望くんがまた危険な目に遭うなんて耐えられない。
自分が望くんの恋人なんだよって嘘をついちゃいました。はい、これがひとつ目の「ウソ~~~!?」です。
さあ、誰かとつき合ったことがないひよりが、いくら初恋の相手だからって恋の嘘を突き通せるのでしょうか。
ピンチが無限にやってくる。あと、ひよりは自分では気がついていない些細な「ボロ」を少しだけ出しています。たぶん望くんはそこを見逃していないと思うんですよ。何かを感じているはず。
そして何より、ひよりとの懐かしい記憶が彼には刻まれています。
望くんにとって、ひよりは大切な小さな女の子だったから、急に「恋人」にはなれなくて。そして小学生のころにイヤってほど感じた「ちがうなあ」を再び味わうひより。切ない。
切ないのに癒やされる……。この際、嘘でもいいや! ずっと忘れたままでいて! でもいろんな出来事が起こって今にも思い出しそう。さみしさとうれしさと不安で心が忙しい。
そんなアップダウンの激しい1巻には、六つ花えいこ先生の原作小説が特別掲載されています。漫画の場面を思い出しながらぜひ読んでみてください。ひよりのさみしい気持ちにグッときて、ますます切なくなるのでおすすめです。
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(レビュアー:花森リド)
- 嘘とか恋とか 1
- 著者:六つ花えいこ 加瀬アオ
- 発売日:2024年03月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065349410
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年4月11日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。