全国の書店員さんが、もっともおすすめの本を紹介する連載コーナー「わが店のイチオシ本」。
今回は、北海道札幌市北区にある秀岳荘北大店の、店長補佐兼ウェアマネージャーの橋本裕さんに、『北海道犬旅サバイバル』の魅力についてご執筆いただきました。
本書は、現金もクレジットカードも持たず、愛犬のナツを連れ、宗谷岬から襟裳岬まで、晩秋の北海道南北分水嶺700kmを2か月かけて歩き通した、サバイバル登山家・服部文祥さんのサバイバル経験の集大成ともいえる旅のドキュメントです。
- 北海道犬旅サバイバル
- 著者:服部文祥
- 発売日:2023年09月
- 発行所:みすず書房
- 価格:2,640円(税込)
- ISBNコード:9784622096535
まるでディストピア小説!
まるでディストピア小説を読んでいるかのような錯覚を覚えた。
コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』では、父親と息子が世紀末の「荒野」をさまよい歩く物語だったが、この『北海道犬旅サバイバル』は著者と愛犬のナツが、著者が自ら設定した「荒野」をさまよい歩く。
本書は著者の集大成として、従来のサバイバル登山(現代文明をできるだけ排除した装備だけでの登山)に加え、現金、クレジットカード類を持たず、食料は持参したライフル銃でエゾシカを獲りながら、北海道の宗谷岬から襟裳岬までの南北分水嶺を700km、約2か月間かけて縦断した記録である。
現金を持たないことによって文明から積極的に“離脱”し、これで世界が「荒野化」するのでは、という壮大な実験旅となっている。結果的に本当に「荒野」となったかは本書を読んでいただくとして、とにかく「焚き火」「銃」「犬の放し飼い」という行為が日本ではいかにやりづらい(逆に言うと安全が担保されている)かがよくわかる。
人目をはばかって野営地を探し、営林署(現在は森林管理署)の目を気にしながら鹿を撃ち、焚き火をしながら(著者によると限りなくブラックに近いグレーな行為)廃道化した林道を犬と歩く。そして時々、ファンの方(理解者)から差し入れをもらう姿はまるで「逃亡者」のリチャード・キンブルのようだ。
旅の終盤では突如現れたメフィストフェレス的な人物によって、この旅の根幹を揺るがす選択を迫られることになるが、そこを包み隠さず心情を独白する部分は著者の文章表現の真骨頂である。
会社員である著者が3か月の休暇を取る許可をもらうくだりや、子どもたちの進学資金などを計算している様子など、「システム」から外れることをやろうとしているのに現実的なことに悩んでいる姿を赤裸々に書いている部分も著者の人間味が出ていて非常に魅力的である。
北海道の野生がまだ残されているということ(食料を現地調達できる)と、現代人でも人間の機能をフルに活用すれば、かつての狩猟民の旅が再現でき、現金を持たないこの旅によって、何が文明なのかが徐々に浮き彫りにされていく。
誰が決めたかよくわからないルールをありがたがり、管理されることに安心する。工場で誰かが作ったよくわからないものを食べて満足する。どんどん効率化が進み面倒なことはすべて外注し、外へ一歩も出る必要のないその世界が行き着く先が、本当のディストピアかもしれない。
生きていて面倒に感じることが実は生きている証そのもの。この旅は世界がまだまだ面白い場所だと気づかせてくれる。
◆作り手からのメッセージ◆
服部文祥さんと山旅をご一緒したことがあります。登山のノウハウはもちろんですが、イワナの釣り方や捌き方、焚き火の熾し方、野営の仕方など、荷物を下ろしてからの動作に目を瞠りました。サバイバルとはなにより食べること、そして歩きつづけることだというメッセージが、本書からも伝わってきます。
(みすず書房 編集部 浜田優さんより)
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