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interview|柚月裕子「書店で、数多くある本の中から宝探しをするのが楽しいんです」

山形を代表する作家のおひとり柚月裕子さん。善でも悪でもない世の中の不条理を描いた作品は多くの読者から高い評価を得ています。子どもの頃から本好きである柚月さんの本や書店との向き合い方とは?  地元・山形の書店「八文字屋」がインタビューします。

柚月裕子
1968年岩手県釜石市生まれ。親の転勤で山形に転居。山形市で行なわれている「小説家になろう講座」(現在山形小説家・ライター講座)に参加し、40歳で『臨床真理』でデビュー。『 孤狼の血』シリーズは、2018年、ʼ21年に映画化。

 

書店の棚には担当者の個性が反映されている

八文字屋(以下八) 岩手から転居されて、山形で暮らし始めたときのことは覚えていらっしゃいますか?

柚月裕子(以下柚月) 「空が狭い」が最初の印象です。私は岩手の出身ですが、内陸は平野で山が遠い。沿岸は海に向かって空が抜けているので、岩手の空は広く感じます。山形は、山が迫っていて空が非常に狭いと思ったのを覚えています。

 山形の空が“きれい”ではなく“狭い”と感じられたのは意外です。初めて八文字屋をご利用いただいたときは、どんな印象でしたか?

柚月 岩手は本が好きな人が多い県なので、書店も充実しているんです。それ以外に、いろんな土地の書店にも行っていますが、八文字屋さんは、品揃え、棚の並びがおもしろいと思いましたね。とくに表紙が良く見える棚が新鮮でした。表紙は本の顔なので、興味を覚えることに繋がります。背表紙もいいけれど、本の顔が見えると作り手の意思がダイレクトに伝わる気がして楽しく選べますね。

 おっしゃる通り、多くの本の表紙をなるべくお客様に見ていただけるような棚作りをしています。表紙が気に入って新しい本を買うことはありますか?

柚月 ありますよ。雑誌であれば、ファッション誌、スポーツ誌とジャンルがわかりますけれど、小説は中身の情報が何もない中で、読者にインパクトを与えられるのは表紙だと思うんです。見たときに訴えてくる表紙というのがあるんですね。自分の琴線に触れるというか、パッと目がいくものがあります。八文字屋さんでは棚や本の並びは、担当者によって変わるんですか?

 少なからず変わりますね。担当者の個性や本に対する考えが棚に反映されていると思います。

柚月 それもおもしろいですね。書店で本を選ぶことがなぜ好きかというと、気付きがあるからなんです。ネットではダイレクトに自分が欲しいものが手に入りやすいんですけれど「こんな本があるのか」、「こんな世界があるんだ」と知ることができるのは書店ならでは。私は、ベストセラーが並ぶ棚などは、なんとなく避けて、ずっと奥の方まで行きます。そこで誰も手にとったこともない本を見つける。好きなものを見つけに行くより、数多くある本の中から宝探しをするの楽しいんです。書店員さんの顔が見える棚って、私は好きですよ。今日の棚は誰が作ったんだろうとか、考えながら本を探すのもおもしろいかもしれません。

 

自分がおもしろいと思ったものがその人にとっての宝物

 執筆に行き詰まったときなど、書店に行くときの法則はありますか。

柚月 まったくありません! 通りかかったら寄る、という感じ。子どもの頃から、あったらフラッと入ります。食料品や日用品を買いに行く感覚に近いです。デビューしてから変わったことは、あまり小説の棚を見なくなったことです…。モチベーションが上がることもあれば、逆に焦りやプレッシャーを感じて、もっと頑張らなくてはと思うこともあるんです。できる限り冷静にいるために小説の棚は見ないほうがいいのかなって。

 そうなんですね。では、日常的に新しい小説を読むことは減っているのでしょうか。

柚月 昔から読んでいる本を読み返すことが多いでしょうか。読まなくちゃいけないと思うこともあるんですけどね。どこまで自分の小説に取り入れるかは私の判断にはなりますが、現代を舞台にした小説を読むと、勉強になることがあります。先日、若い編集の方から「連絡先を聞く方法にLINEって古いんですよ」って言われて。「インスタやっている?」とか、SNSを聞くことのほうが多いんですって。あとは携帯と書けば=スマホに繋がることも知りました。私はガラケーが携帯電話で、スマホはスマートフォンと書き分けているんですけれど、時代の流れを感じますね。

 現代風の文体などを意識されることもあるのでしょうか。

柚月 そこは頭で考えるよりリズムかもしれません。文体や表現が変化したとしても、基本はエンターテイメント。読者を楽しませようという想いは、どの時代でも同じだと思うんですね。書き手の伝えたいことと、読者を喜ばせたい気持ちをいかに込めるかで、おもしろさの度合いは変わってくる。小説は、“正しい”がない好みの世界です。例えて言うとしたら、みんな麺が好きだけれど、私はラーメン、ある人はうどん、ある人は蕎麦のような感覚。みんな同じく麺が好きでも、好みは違う。それぞれの良さがあるんです。以前、お会いした方に「売れている本がおもしろいと思えない自分は変なのか」と尋ねられたことがあったんですね。そんなことはまったくなくて、自分がおもしろいと思ったものが、その方にとっての宝物。大勢の人の声や評価はひとつの目安にすぎません。自分の感じ方を1番大事にして、思う存分本の世界を楽しんでほしいなって強く思います。

 麺に例えるとは…! わかりやすいです。好みは千差万別ですし、同じ人でも変化していきますよね。

柚月 年を重ねると味覚が変わっていくように小説の好みも変わっていきますよね。まずは「これが好き」を大事に。そこから世界が広がっていくと思います。1冊手にとって、たまたまその小説が好みじゃなくても「小説はおもしろくない」と思わないで欲しい。自分に合った宝物にたどり着く前にやめてはもったいないです。読んでみて合わなかったら、途中でやめて違うものを手にとってもいいんですよ。

 柚月さんも好きな小説に出会うまで時間がかかりますか?

柚月 もちろん私も、ちょっと食べてみておいしくないって読むのをやめた小説もあります。すごくおいしくて繰り返し何度も食べているものもありますしね。最初から小説が好きというよりも、いろいろ試して結果的に好きにたどり着いたんです。

 学生の頃、同級生の間で流行っていた漫画とはまったく違う漫画が好きだったと伺いました。

柚月 「私はこれが好き」というのはハッキリしていたみたいですね。転校が多かったので、新しい学校では常に、ある意味で“違う存在”からのスタート。転校初日は、クラスの中でひとりだけ違う体操着ですから。そういう経験をして、みんなと同じではなくてもいいという考えに結びついたのかもしれません。




 

人は誰しも相反する気持ちを持っている

 11月に発売された新刊『教誨』(きょうかい)について伺います。今回は執筆中に苦しむ時期があったり、かなり難産だったそうですね。

柚月 これまで、いろんな事件を扱った小説を書いてきましたが、実際に人を殺めるシーンを1番書き込んだのは、この『教誨』だと思うんですね。人を殺めるときの心情であったり、殺めた後にどう思ったのか、人の内面を深く考えていくことが辛かったです。小説に書いてあるのは、私の頭の中のほんの一部。もっとさまざまなことを想像してその中の1/10かそれ以下のものしか書いていません。その思いがいっぱいで気持ちがパンク状態というか…非常に難産でした。

▲書店へは、とくに用事がなくてもフラッと立ち寄ることが多いそう。

 

 柚月さんがご自身の母親との素敵なエピソードを話されているのを読んだことがあります。その柚月さんがなぜ「我が子殺し」をテーマにされたんでしょうか。

柚月 何かを表現する人は、右を書こうと思ったら、左を知らないと表現できません。例えば、恋愛の喜びを書こうと思ったら、辛さを知らないと書けませんし、命の重さを書こうと思ったら、儚さも知る必要がある。現在100%幸せな人でも、幸せな思い出だけがある人は多分いません。私は学生の頃「みんなと同じじゃなくてもいい」という気持ちがあった反面、「同じに憧れる」気持ちもありました。人は必ず相反する気持ちを持っているからだと思います。

 犯罪小説ではありますが、フィクションとノンフィクションの境目がいい意味でわからない、私達に近い作品であると感じました。

柚月 どんな人でも、どうにもならないことが起きたときに、明確に答えが出ることは少ないのではないでしょうか。法律に従って罪を罰することはできても「何が悪かった」という答えは誰にもわかりません。『教誨』はある事件をモチーフにしていますが、それもひと口では語れないもの。実際に土地を訪ねて、そのときに五感で感じたものを大事に書いています。

この小説には、男性も女性もいろんな年齢の登場人物が出てくるので、きっと自分を誰かに置き換えて読んでいただけると思います。ある人は主人公、ある人はその親。心情を重ね、最後まで読んでいただきたいです。

教誨
著者:柚月裕子
発売日:2022年11月
発行所:小学館
価格:1,760円(税込)
ISBN:9784093866644

 

(インタビュー/八文字屋商品部 文/中山夏美 撮影/伊藤美香子)


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年3月1日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。