もし、右脳と左脳に人格を与えたら、脳内でどんなやり取りが繰り広げられているのでしょうか。感覚的・直感的にイメージを司る本能の右脳と、論理的処理能力を司る理性の左脳ですから、考え方は正反対。そんな右脳と左脳の日々を、ちょっと覗(のぞ)いてみましょう。
舞台となるのは、主人公・坂田慎太郎の脳内です。
彼が坂田慎太郎、今は高校生。テストに向けて整理する左脳と、ボケっとしている右脳です。これには実は理由があって。
幼馴染みの女子高生・橘珠緒は、いわゆる巨乳の持ち主。しかも自覚があるのかないのか、慎太郎に対してそのおっぱいを意識させる行動が多い。右脳は、いまだ実物を見たことがない、神秘のおっぱいに浸食されてしまうのです。
ある日、テストに向けて慎太郎の家で一緒に勉強しようと提案する珠緒。
アグレッシブ! これまでの彼女の行動から、慎太郎の右脳はある推論を述べます。
これに左脳は得意の論理的思考で反論。
さらに左脳は、感情優先で暴走しがちな右脳に対し、「俺がいなきゃ思春期の慎太郎はサカリのついた猿と一緒だ」と告げ、この先人間として過ごすためにも珠緒をできるだけ避ける、という結論に至ります。
家で一緒に勉強する日も、なるべく珠緒と距離を取る慎太郎でしたが、ここでまさかのハプニングが。
あやうく慎太郎大暴走でしたが、左脳の頑張りで回避。珠緒は寂しそうですが、努めて冷静に対処し、事なきを得ます。しかし帰り際、今度は無邪気なボディタッチでアプローチしてくる珠緒に、「女って怖!!」「好きって何!?」と大混乱の右脳。そしてついに左脳も「…俺もわかんないよお……」と崩壊。慎太郎からの口から、本音がこぼれます。
そして次の瞬間、珠緒はまさかの行動に――
田中要次ばりの「あるよ」発言。
ずっと妄想おっぱいに囚(とら)われてきた慎太郎ですが、リアルおっぱいに触れ、その妄想も収束。ふたりの関係も、少し前進した様子です。
そんな衝撃的な出来事があった夜、帰宅した珠緒がこちら。
実は珠緒の脳内でも右脳と左脳の激論バトルが展開されていたのでした。
そう、本作は慎太郎だけでなく、珠緒の右脳と左脳も描かれる、ふたりの脳内視点の物語。第1話は高校時代、ふたりの距離が縮まるエピソードですが、続く第2話では、大学生となったふたりの同棲生活が描かれます。そして第3話では、慎太郎と珠緒は社会人となり、結婚への道を行ったり来たりする。そんな人生の様々な場面で、右脳と左脳が互いの意見をぶつけ合います。
ビジュアライズされているので派手に見えますが、思えば自分だって脳梁ドッグファイトをしているのでは、と思いました。それは時に、感情と理論の対立だったり、メリットとデメリットのディベートだったり。
このゲームが欲しいな、と思ったとき、おそらく右脳は「面白そう! 欲しい! 遊びたい!」と叫んでいて、左脳が「この前もゲーム買ったし、仕事で遊ぶ時間ないだろ?」と現実を突き付けてくる。ま、自分の場合はだいたい右脳が勝っている気がしますが。
笑いながら読みつつも、実は誰もが、思い当たる節がある、それが脳梁ドッグファイト。
そんな本作には、ちょっと泣きそうになってしまったこんなエピソードも。珠緒に同窓会の話が持ち上がっていることを知った慎太郎(の左脳)は由々しき事態!と焦ります。
しかも場所は彼らが住む東京ではなく、珠緒がかつて過ごした大阪。不安は募る一方ながら、理性を司る左脳は、余裕のある男を演じるべく、大人の対応で「向こうで泊まってゆっくりしてこい」と懐の深さを示します。宿泊まで許可したことに憤る右脳ですが、珠緒は、慎太郎の作るオムレツが食べたいから始発の新幹線で帰る、と嬉しい返事。思わずにやける慎太郎でしたが……。
彼らの不安は現実のものに!? さらにトドメともいえる珠緒の返事。
感情と理性の間で必死にバランスを取り続けていた左脳、燃え尽きたぜ、真っ白にな……。立て、立つんだ左脳!!
これを機に、右脳が覚醒。これまで負担を強いてきた左脳をねぎらいながら、彼に代わり右脳が前面に出る覚悟を決めたのです。さあ、ここからは感情の出番だ! 本音を隠さずぶちまけろ!
自分の気持ちに素直になった結果、即大阪へと飛んだ慎太郎は、珠緒に想いをぶつけます。
そんな慎太郎に珠緒が返した衝撃の答えとは――!?
ピュアではがゆいふたりのやり取りから目が離せません。
ふたりの人生を、それぞれの右脳と左脳の喜怒哀楽にふれながら読み進めていくうちに、どんどん感情移入。気づけば涙する自分がいました。ラブコメ要素にハートウォーミングなドラマ描写も加わって、まさしく笑って泣ける、人生ならぬ脳梁劇場。1話ごとにステージが進む彼らの行く末を、もう少し見守っていたい──そう思わせてくれる温かい作品です。
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(レビュアー:ほしのん)
- 脳梁ドッグファイト 1
- 著者:常盤魚
- 発売日:2023年11月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065337660
※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2023年12月7日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。