2022年2月に発売された絵本でありながら、2023年年間ベストセラー(日販調べ)の総合部門で第2位、児童書部門では第1位となった鈴木のりたけさんの『大ピンチずかん』。11月22日には『大ピンチずかん2』も発売され、こちらもベストセラーとなっています。
誰もが「あるある!」と思い当たるような「大ピンチ」を「大ピンチレベル」の大きさで表し、その“正体”に迫る本シリーズ。子どもも大人も一緒に楽しめる本作はどのように生まれたのか、また3児の父でもある鈴木さんならではの絵本の“使い方”について、鈴木さんのアトリエでお話を伺いました。
- 大ピンチずかん
- 著者:鈴木のりたけ
- 発売日:2022年02月
- 発行所:小学館
- 価格:1,650円(税込)
- ISBNコード:9784097251385
- 大ピンチずかん 2
- 著者:鈴木のりたけ
- 発売日:2023年11月
- 発行所:小学館
- 価格:1,650円(税込)
- ISBNコード:9784097252436
【プロフィール】
1975年、静岡県浜松市生まれ。グラフィックデザイナーを経て絵本作家となる。『ぼくのトイレ』(PHP研究所)で第17回日本絵本賞読者賞受賞。第2回やなせたかし文化賞受賞。『しごとば 東京スカイツリー』(ブロンズ新社)で第62回小学館児童出版文化賞受賞。『大ピンチずかん』(小学館)で、第13回リブロ絵本大賞、第15回 MOE絵本屋さん大賞2022 第1位など絵本賞8冠を達成。
ほかの作品に、「しごとば」シリーズ、『たべもんどう』「おでこはめえほん」シリーズ(ブロンズ新社)、『ぼくのおふろ』『す~べりだい』『ぶららんこ』『ぼくのがっこう』(PHP研究所)、『おしりをしりたい』『おつかいくん』(小学館)、『かわ』(幻冬舎)、『どんでもない』『なんでもない』(アリス館)、『うちゅうずし』(KADOKAWA)などがある。
千葉県在住。2男1女の父。
『大ピンチずかん』がヒットした理由
——シリーズ累計発行部数が100万部を突破し、『2』は発売前重版がかかるほど読者が楽しみにしていた『大ピンチずかん』ですが、ご自身としてはこのヒットをどのように受け止めていらっしゃいますか。
作る前はこんなふうになるとはまったく思っていなかったです。編集者と「こんなことができたらおもしろいよね」と構えず楽しみながら作っていたので、最初は意外だなと驚きました。
ただ、いろいろな人の感想を聞いたり反応を見たりしていると、みなさん自分の身に引きつけて話しやすいのか、「そういえば僕の大ピンチはこんなことがあってね」と会話のネタになっているようです。要はあるあるネタなので、人々の口に上りやすい力があったことが、このような結果につながっているのかもしれません。
それと、絵本作りにおいては子どもも大人も楽しめることをずっと意識しているので、それがコンテンツとしてわかりやすい形でハマったなと感じています。
——子どもだけでなく、大人も楽しめることを意識されているのはなぜですか?
僕自身が大人であり、作品も作り手がおもしろいと思えるものであるべきだろうというのがまず一つの理由です。
もう一つは、絵本は子どもに与えて「はい、楽しみなさい」というものではなくて、「あの本にこんなことが書いてあったよね」「お父さんはこっちのほうがおもしろいと思う」と、大人と子どもが会話する共通のネタになる力があります。そのためには、子どもの趣味だけだとなかなか世代を超えた会話は生まれないですし、大人の趣味だけではもちろん子どもには伝わりません。うまい具合にその両方を併せ持っていることが必要だと思っています。
——確かに、『大ピンチずかん』はトラブルが起きるたびに、「今のは大ピンチレベル○○だね」と親子一緒に楽しめるという声が聞こえてきます。
そうやって「大ピンチ」と口に出すだけでもだいぶ気持ちが楽になりますよね。小学4年生になる息子も、いまだに「うわー、大ピンチ」とよく言っています。何か失敗した時に、「隠さなきゃ」と思うか「もう、大ピンチ(笑)」と周りを巻き込んでしまうか、最初に自分の心の向きをどちらの方向に持っていけるかが大事なのではないでしょうか。
『大ピンチずかん』はどのように生まれた?
——最初に編集者の方と「こんなことができたらおもしろい」とお話しされたとのことですが、それはそのまま今の形につながっているのですか?
かなり、ぶれましたよ(笑)。
僕が最初にこの本を作ろうと思ったきっかけは、『大ピンチずかん』の表紙にもなっていますが、子どもが牛乳をこぼしてフリーズしてしまったことです。親は「とりあえず牛乳パックを立てたら」と思うけれども、子どもにとっては牛乳をこぼすことは、どうしたらいいのかわからなくなってしまう大惨事なのだなと。
そのあと牛乳パックを置いて、どう処理するかなと見ていたら、近くにあったティッシュを1枚取って、どくどくこぼれた牛乳の上にお布団をかけるように1枚載せていました。
「それじゃあ全然吸い取れないよね」と言うと、ティッシュから牛乳を床にボタボタたらしながらゴミ箱に捨てに行って、被害が広がっていく。その様子が、子どもは真剣なのでしょうがおもしろくて(笑)。
——日常の一コマから生まれた絵本なのですね。
とはいえ、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんが、間違えて混ぜてしまった試料も「捨てるのはもったいない」とテストしたことで実験に成功したように、うまくいかないときにも機転を利かせたり、乗り越えようと意思の力を働かせたりして、失敗から物事が好転することもあります。だから失敗を恐れないで、前を向いて生きようよという、 当初は“いいお話”の本でした。
けれども、子どもの失敗ネタをたくさん集めて、図鑑みたいにした方がおもしろいのではないかと担当編集者と話をするうちに、「失敗をすることもあるよね」とピンチに慣れて、怖がらなくなる効果も出るといいかもしれないと考えました。そこから軌道修正をして、今の形になっています。
——先ほどの牛乳をこぼしてしまったエピソードで、お子さんの様子を観察できる余裕は素敵ですね。つい「何やってるの!」と一緒に慌ててしまい、見守る余裕は持てなさそうです……。
それについては教育論の話になってしまいますが、子育ては“待つ”や“忍耐”など親が試される場面が多いですよね。
「こうすればできるよ」と先に答えを提示してしまいそうになるけれど、それがたとえ良かれと思ってのことでも、それはもう彼らにとっての答えにはならないでしょう。自分の頭と手で見つけることに意味があるし、人から与えられた答えでは、少しでも条件が違ったら答えを出せなくなりかねません。
失敗も含めて経験することは人生の楽しみでもあるので、先回りしてしまうことは子どもたちの楽しみや生きている実感を奪うことにもなってしまいます。自分のことは自分で責任をとろうねという気持ちで構えています。
作家冥利に尽きる絵本の“使われ方”
——ネタ探しだけでも大変だったのではないかと思いますが、創作で苦労された点はありますか?
苦労はなかったですね。『大ピンチずかん』という本を作ろうとしていると言って、子どもたちの大ピンチをスマートフォンにメモっていたら、子どもたちも「お父さん、今これ、大ピンチじゃない?」と僕のスマホに自分たちでメモをし始めて。大ピンチは日々起こるので、そういったやりとりも楽しかったです。
一つだけあるとすれば、本書は大ピンチレベルの大きさで並べている以外にも、たとえば家の中での出来事から、親と一緒に出掛けたり学校に行ったり、友だちと遠出したりとページが進むにしたがって、主人公の世界がより広がっていきます。
「ずかん」とはいえ絵本ではあるので、子どもたちが入りやすいよう、安心して楽しめるような作り方の工夫をしています。最後にネタをパズルみたいにして本の構成を考えたのですが、子どもたちの成長の場面と緩やかに合わさって、お話としてうまく流れるように作るのには頭を使いました。
——「ずかん」の名の通りさまざまな大ピンチが収められた2冊ですが、分類、分析といった視点や「情報もより一層充実」といった言葉が見返しに書かれていて、その作りからして楽しめますね。
担当編集者が図鑑の編集をしていたこともあるので、図鑑のフォーマットや語り口に寄せていった部分もあります。
これまで絵本は、愛とか友情、感謝や因果応報といった、どちらかというと情操教育的な、定量化しづらいような情報を文字と絵でじんわりと伝えるメディアだったと思います。しかし今の時代、おもしろい情報にダイレクトに早くタッチして、感じたいし笑いたいという思いは子どもたちの中にもあるのではないでしょうか。
だからこそ、ページをめくっていて、「これはわかる」「この間同じことがあった」と共感できると読者と近寄りやすいですし、間口も広がりやすい気がしていて。そういう本を作りたいなという思いは昔から持っていました。
——知人に、『大ピンチずかん2』を読んだ子どもに「こころぼそいって何?」と聞かれたという話を聞いたのですが、その単語が出てくるのは『2』の終わりのほうの欄外ですよね。隅々まで読んで、知らない言葉に反応しているのだなと驚きました。
難しい言葉もなるべくカットせずに、むしろそのまま載せていこうと思っています。「こころぼそい」という言葉を覚える機会を僕が奪うことになってもいけないですよね。わからないかもしれないからと、「さびしい気持ち」といった言葉に置き換えるのではなくて、これを機にここで覚えようよ、と。
それは、子どもたちと一緒に本を読む親御さんたちの力を借りるということでもあります。生身の人間同士のコミュニケーションに勝るものはないですし、特に親御さんとの触れ合いは何より心に残るでしょう。絵本もそういう場面が起こるようなものであるべきだと思います。
僕も子どもたちの小さい頃には絵本の読み聞かせをしましたけれど、あまり本の通りには読まなかったです。普通に読んでいると、「書いてある通りに読まないで」と言われるくらいオリジナルな形で読んでいましたし、「今日はこの本、固くて開かないな」と言って1ページもめくらずに終わったこともあります。
僕の本も、どちらかといえば読んでほしいですが(笑)、そういう親子のコミュニケーションに使ってもらえたら作家冥利につきますし、本望だなと思います。
©鈴木のりたけ/小学館
▲『大ピンチずかん2』では、新たに「大ピンチグラフ」を採用。大ピンチになる理由を6つの感情でより深く分析
©鈴木のりたけ/小学館
▲子どもも大人も「あるある!」と共感できる大ピンチを多数収録。欄外にも本文とは一味違った情報を掲載
絵本作家になったきっかけ
——絵本作家になったきっかけにも、そういった絵本の役割へのお気持ちがあったのでしょうか。
僕は、最初から絵本作家になろうと思っていたわけではないのです。大学を卒業してJR東海に入ったものの、2年ほどで退社して、グラフィックデザイナーをやっていました。とはいえ広告は多くの人が携わっているので、なかなか自分の思い通りにはいきません。自分の名前が残る、最終成果物があるような仕事をしないと一生後悔するなと思って、絵を描き始めていろいろな人に見てもらっていました。
そのうちに、絵本の原稿を募集するコンペで受賞して本になったのが、『ケチャップマン』という作品です。短期間ですが書店に置いてもらい、その本を見た出版社から声をかけてもらったことがいまにつながっています。
- ケチャップマン
- 著者:鈴木のりたけ
- 発売日:2015年11月
- 発行所:ブロンズ新社
- 価格:1,078円(税込)
- ISBNコード:9784893096104
——鈴木さんは「しごとば」シリーズや『しごとへの道』など、「しごと」に関する代表作もお持ちです。
特にデザインをやっている友だちは、みんな自分の仕事場のブースを好きなもので飾り付けています。音楽が好きな人の机にはライブのチラシがたくさん貼ってあったり、好きな女優さんのフィギュアが置いてあったり。その机を見るだけで、その人の性格や志向がよくわかっておもしろいなと思っていました。
「しごとば」も、どういう本を作りたいですかと編集者に言われて、そういったそれぞれの「しごとば」を並列して見せて、その人の人間性をあぶり出すような企画ができたらおもしろいですよねと話したことから生まれたシリーズです。
それも、「自分のやりたいことをやる」というのがまずあってのこと。子どもたちにもちゃんとわかるように、表現は気を付けていく必要はありますが、自分が本当におもしろいと思っているものを、子どもにも大人にもわかりやすく絵で伝えることを考えていたら絵本になっていたという感じがします。
- しごとば
- 著者:鈴木のりたけ
- 発売日:2009年03月
- 発行所:ブロンズ新社
- 価格:1,870円(税込)
- ISBNコード:9784893094612
——「しごとば」には個性がでるというお話でしたが、こちらのアトリエで、ご自身の個性が出ているのはどのようなところですか?
僕は、ごちゃっといろんな物をそのまま置いておきたいタイプです。自分の頭の中もそうですが、並列してたくさんのものがあって、いつ、何が前面に出てくるか、ビビッとくるかわからないので、それを全部保留しておきたいんです。
このしごとばも、目に見えるところに並べておきたいという自分の頭の中の状態がビジュアル化されていますね。「これは絵本に使えそう」と集めておくというよりは、なんかいいな、触っていたいなと思える物に囲まれていると、想像力のガソリンになるというか、楽しい気持ちの焚きつけになる感じがします。
▲絵は手描きという鈴木さん。工具やプラモデル、自作のおもちゃなど、さまざまなものが所狭しと飾られている。ほぼ一日中、このアトリエで過ごす
——まさに「楽しい」があふれる作風ならではのおしごとばですね。それでは最後に、お父さんとしての目線も作品に活かされている鈴木さんから、絵本を手渡すお父さん、お母さんにメッセージをお願いします。
大人が楽しそうにしていることが、子どもたちに何より良い影響を与えると思っています。ゲームにしても、付き合ってあげるのではなく、やるなら本気でやりますし、そのほうが子どもたちも燃えますよね。親に勝てなくて悔しいと思っていた子どもが、ようやく勝てたという経験が何よりうれしいと思うので、その一生の楽しみを奪わないように、今はコテンパンにやっつけています(笑)。
『大ピンチずかん』も子どもと一緒になって笑いながら、「お父さんもこういうことがあった」「大人がこれをやったらアウトだよね」など、ご自身の感想でいいので会話をしながら一緒に楽しんでほしいです。
「お父さんも昔やったよ」と聞くと、子どもたちもうれしくなるでしょうし、誰にでも大ピンチはあるんだな、大丈夫と子どもたちの背中を押すことにもつながるでしょう。そんな使い方をしていただけるとうれしいですね。
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