2月17日(水)、稀代のストーリーテラー・恩田陸さんの最新作『灰の劇場』と、続く18日(木)に恩田さんの初の丸ごと1冊総特集となる「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」が河出書房新社から発売されます。
刊行前から多くのメディアや書店員たちから反響を呼んでいる、この注目作品の読みどころと販売戦略について、『灰の劇場』の担当編集の尾形龍太郎さん、「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」の担当編集の町田真穂さん、広報担当の鎌塚亮さんに伺いました。
今回取材にご協力いただいた方
(写真左から)
河出書房新社 営業第三部 第一課(広報担当) 鎌塚 亮さん
同 編集第一部 次長 尾形龍太郎さん
同 編集第四部 第二課 町田真穂さん
「棘」となっていた三面記事が物語の幕を開ける
【STORY】
大学の同級生の2人の女性は一緒に住み、そして、一緒に飛び降りた――。
いま、「三面記事」から「物語」がはじまる。
きっかけは「私」が小説家としてデビューした頃に遡る。それは、ごくごく短い記事だった。
一緒に暮らしていた女性2人が橋から飛び降りて、自殺をしたというものである。
様々な「なぜ」が「私」の脳裏を駆け巡る。しかし当時、「私」は記事を切り取っておかなかった。そしてその記事は、「私」の中でずっと「棘」として刺さったままとなっていた。
ある日「私」は、担当編集者から1枚のプリントを渡される。「見つかりました」――彼が差し出してきたのは、1994年9月25日(朝刊)の新聞記事のコピー。ずっと記憶の中にだけあった記事……記号の2人。
次第に「私の日常」は、2人の女性の「人生」に侵食されていく。
――まずは『灰の劇場』刊行の経緯からお伺いします。
尾形 恩田陸さんとは、単行本『ブラザー・サン シスター・ムーン』(2009年1月刊)でご一緒させていただいてからのご縁があります。定期的にお会いしており、「次はなにを書いていただけますか?」という話の流れの中で、恩田さんが長年、記憶の底で「棘」のように引っかかっている新聞記事があるという話になりました。
時期もあいまいで、キーワードは「心中」「自殺」「2人の女性」だけ。ご執筆のお約束はしたのですが、その記事が見つかるかどうかは、正直わかりませんでした。
――そのエピソードは作中でも描かれていますが、登場する“編集者のO”は尾形さんですね?
尾形 そうです(笑)。作中のママなのですが、「灰の劇場」というタイトルが決まり、連載がスタートする中で記事の捜索を同時にスタートしたのですが、図書館にこもって見つけることができました。
――2人の女性の独白があり、彼女たちの物語を描く作家の懊悩がありと、多重的な驚くべき構成の物語ですが、これは恩田さんのアイデアですか?
尾形 はい。恩田さんはタイトルを決めてから物語をスタートさせます。『灰の劇場』とタイトルを決めて、執筆しながら構想を練っていくやり方です。
本作は、おっしゃる通り女性2人の物語から入り、別の視点としてその物語を描いている作家がいて、さらにその物語が舞台化されるという3重構造となっています。モデル小説を書く、自分の作品が映像化されるという、作家としてのリアルな悩みを重ねあわせながら連載が進んでいったのです。
本作は恩田さんがこれまでほとんど書かれてこなかった自伝的小説で、恩田さんが主人公ともいえる作品です。ご自身の身の回りで起こったこと、たとえば直木賞を受賞した際のエピソードなどが、もちろんフィクションとしてではありますが、作家のパートでは描かれています。
町田 恩田さんは『EPITAPH東京』や『タマゴマジック』など、以前からフィクションとノンフィクション、エッセイが入り混じるような作品を手がけられていて、その系列に属する物語といえるかもしれません。
巧妙な記号化の仕掛けで読む者を引きつける
――構成ではもうひとつ、「0」「1」「(1)」いう章立てがランダムに出てきて、最初は戸惑いました。その仕掛けに引きつけられて、何度もページをめくってしまいました。
町田 社内でも誤植ではないかという反応があったくらいです(笑)。その3つのパートで物語は進行するのですが、読み進むうちに、私はまるで「2」という自分のパートが潜んでいるような気がしました。
――確かにそうですね。読んでいるうちに自分の生き方、日常の曖昧さ、人間の脆さなどが切実に迫ってきます。
尾形 登場する2人の女性も具体的な名前を持たない「T」「M」と記号化したからこそ、読み手にとっても自分のことではないかと思えてしまう。こうした試みは、恩田さんにとっても文学的な挑戦になったのではないかと思います。
――自死を選んだ 2人の女性の年齢が、44歳と45歳というのも絶妙ですね。
尾形 個人差はあると思いますが、ちょうどいろいろな悩みが降り積もる時期ですよね。私がちょうど45歳なので感じるところが多かったです。
――死がひとつのテーマともいえる作品ですが、不思議な生命力があって、むしろあっけらかんとした明るいイメージを持ちました。2人は最後、手を取り合って空を飛びたかったのではないのかと思わせるほどです。
町田 これまでいただいた本書の感想にも、「暗い気持ちになりました」というものはほとんどありません。ラストがハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、感じることは受け取る側の気持ちひとつで変化するのではないかと思います。先のまったく見えない今だからこそ、本作からある種の癒しを受け取る読者も多いのではないでしょうか。
尾形 3.11以降、日常の中で死が語られ、昨年からはコロナ禍で日々死者数や死と隣り合わせの状況が報道されるなど、死が可視化されています。恩田さんは2人がなぜ自死を選んだのかをずっと考えながら小説を紡いでいき、また、ご自身が体験した身近な死をも物語に書くという選択をしているのです。
迫りくる死と向き合った今の状況と作品が、偶然にもリンクしている気がします。
――今、世に出されることに非常に意味がある、まさに時代を体感できる文学ですね。
「白の劇場」は作家・恩田陸を知るための最良のテキスト
――今回、「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」が同時発売されますが、企画はいつからあったのですか?
町田 『灰の劇場』単行本化の暁には、ぜひ文藝別冊も出したいですねと恩田さんともお話ししていて。連載が始まったのが7年前で、その時には恩田さんの単行本は53冊でしたが、今は70冊あります。それくらい前からのお話です(笑)。
――「白の劇場」は大森望さんと恩田さんが全小説を振り返るインタビューや、作家やクリエイターによる寄稿など、読みどころ満載ですね。「灰の劇場0-」「(同)0+」の2本は書きおろしのスピンオフ小説だそうで、こちらも大変気になります。
町田 スピンオフは、それぞれ恩田さんの作家としての過去と未来が関わってくる作品です。この2篇については「白の劇場」の中での掲載の位置やタイトルも恩田さんご自身にお考えがあって、実は重要な意味があります。
――構成にもストーリーがあるのですね。楽しみです。
尾形 タイトルを『灰の劇場』と「白の劇場」にするというのも恩田さんのアイデアなのですが、単行本とムックの装丁をリンクさせるという試みは、長い歴史のある「文藝別冊」でも初めてのことです。
デザインは両方とも、『蜜蜂と遠雷』など多くの恩田さんの作品を手掛けられている鈴木成一さんにお願いしました。『灰の劇場』と「白の劇場」には同じ写真が使われているのですが、色合いが違います。なぜそうなっているのか……それも本作の「謎」のひとつかもしれません。
しかも『灰の劇場』は見返し部分も写真となっていて、表紙の裏までその世界観がつながっています。この仕掛けは、ぜひ店頭で手に取ってごらんください。
――これはすごい。パノラマみたいですね。
尾形 写真をよく見ると、その土地と物語がリンクしていることもわかりますので、ぜひ実物で確かめてみてください。これは電子書籍にはない、紙の本だからこその楽しみだと思います。
発売前から書店員の熱い支持が集まり、店頭には「劇場」が出現!
――すでに多くの書店員から感想が寄せられているそうですね。
鎌塚 連載当時から、いかに本書を広く読者へお届けするかを考えていました。営業部だけではなく、編集部や新設した経営戦略部とも早い時期から打ち合わせを開始し、全社をあげて販売促進の方法を検討してきました。
これだけの素晴らしい作品ですので、まず書店員の皆様に読んでいただきたいと考え、発売前にプルーフをお送りしています。大変反響が大きくて、プルーフを重版したほどです。その際に「ぜひ感想コメントと手書きのPOPをお寄せください」とお願いしたところ、非常にたくさんのご応募をいただきました。
――どのくらいの反応があったのですか?
鎌塚 本当にありがたいことに、50店以上からご応募いただきました。頂戴した書店員の皆様の声は、質・量・熱のすべてにおいて、我々の予想をはるかに上回るものでした。写真は文教堂溝ノ口本店様のものですが、作品に惚れ込んだご担当者様による熱い売場展開は、まさに「劇場」ではないかと思います。
▲文教堂溝ノ口本店では、発売前から大々的に展開を開始、予約を受け付けている
――これは「ただならない感じ」がひしひしと伝わります。寄せられた感想やPOPはどのように活用されるのですか?
鎌塚 どれも素晴らしいものばかりなのですが、なかでも印象的だった手書きPOP数点を印刷し、投げ込みPOPとして新刊と同時にお届けする予定です。
「白の劇場」に収録されている恩田さんと桐野夏生さんのインタビューの中に「三面記事から物語がはじまる」というフレーズがあります。そのフレーズにあわせて新聞調のデザインのパネルも作成しました。感想コメントは、このパネルに掲載させていただきました。こういった販促物が、読者と物語をつなぐ入り口になるといいなと思います。
――この新聞調デザインのパネルは作品のイメージ通りですね。
鎌塚 コロナ禍で外出できない状況になって、あらためて書店店頭がいかに大きなメディアであるかを実感しました。
ウェブでできることは限られますが、出版社からの情報発信もいっそう強化しなくてはならないと考えています。
いかに読者に本を手にとっていただくか。書店店頭の「劇場」づくりをどれだけサポートできるか。SNS上の店頭展開写真も、本当にありがたく拝見しています。こういったライブ感を大切にしながら、恩田さんだからこそ実現できたこの2冊を、社を挙げて盛り上げていきたいと思います。
――日本中に多くの「劇場」が出来ることは間違いなさそうですね。本日はありがとうございました。
【取材を終えて】
ひとつの「三面記事」から始まるこの物語は、リアルと虚構が渦巻きながら疾走する。奇妙な場面にも遭遇するが、人生や日常はむしろ理不尽なことで出来上がっているのかもしれない。説明のつかない何かに囲まれて生きている僕らは等しく確かな死に向かって生きている。令和という時代が生み出した『灰の劇場』は、まさに時代と読者の心を映す鏡である。その結末はいかようにも変化する。恩田陸が探していた「棘」は鋭く深く突き刺さって離れない。そう、これは著者からの挑戦状なのである。
▼元書店員であり、「POP王」としても知られる本記事のライター・内田剛が作成したPOPがこちら
- 恩田陸白の劇場
- 発売日:2021年02月
- 発行所:河出書房新社
- 価格:1,540円(税込)
- ISBNコード:9784309980263