刑事事件の被害者側が民事裁判で勝ち取った賠償金を、払わぬ悪党たちがいる。影の執行裁判所“東京ゼロ地裁”の出番だ。小倉日向の、痛快シリーズ第1弾。
名は体を表すという言葉があるが、小倉日向の場合は当てはまらないだろう。『極刑』『いっそこの手で殺せたら』と、ハードな展開で人間のダークサイドを掘り下げるミステリーを得意としているからだ。まさに日向とは正反対の作風なのである。新シリーズの第1弾となる本書も、もちろんそのような物語だ。
東京地裁民事部の山代忠雄は、地味な中年判事だ。長女の真菜美はミステリー好きで、民事部の父親を馬鹿にしている。いきおい、自分を慕ってくれる次女の阿由美を可愛がってしまう。それにより真菜美との仲が上手くいかなくなるのだから、どうにも悪循環だ。また、妻の初美の尻に敷かれているようである。
そんな公私ともに平凡な山代には、東京ゼロ地裁と密かに呼ばれる、影の執行裁判所のリーダーという裏の顔があった。民事訴訟の判決で言い渡された賠償金を払わない悪党から、金や財産を極限まで毟り取り、犯罪被害者や遺族を救済しているのである。他のメンバーは、東京地方裁判所の執行官の谷地修一郎、府中刑務所の刑務官の立花藤太、歌舞伎町で非合法のモグリ医院をしている、国籍不明の美人女医・美鈴の4人だ。彼らは許せぬ悪党に、情け容赦なく立ち向かっていく。
テレビ時代劇「必殺」シリーズが人気を集めてから、法で裁けぬ悪党たちを闇で仕置きするというパターンの物語が増加した。本書も、その一つといっていいだろう。ただしユニークな点がある。山代たちのターゲットは、民事裁判の賠償金を踏み倒している奴らなのだ。
第1章は、少女を自殺に追い込んだ、いじめの主犯の女。第2章は、風俗嬢を狙った常習レイプ犯。第3章は、妊婦をレイプしようとして殺した男。どれも胸糞が悪くなるような人物ばかりだ。そんな3人に対して、山代たちは賠償金を払う意思や能力があるのかを確認し、駄目となったときに強硬手段を取る。その方法は、読んでのお楽しみ。悪党たちへの仕置に、読者はスカッとすることだろう。
その一方で作者は、各ケースを通じて、犯罪被害者や遺族の置かれた、救われない状況を露わにしていく。民事賠償金の踏み倒しは、現実でもよく聞く話。なぜ被害者側の権利が果たされず、加害者側が得をするのか。法の矛盾や限界についても、考えさせられるのである。
なお、第三章で東京ゼロ地裁は、究極の選択をする。このときの方法は、「必殺」シリーズ風である。「必殺」ファンの1人として、大喜びしてしまった。
- 執行 1
- 著者:小倉日向
- 発売日:2023年09月
- 発行所:双葉社
- 価格:770円(税込)
- ISBNコード:9784575526912
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」2023年10月5日(木)公開「ブックレビュー」より転載