現代社会には、「知らなかった」では済まされない落とし穴が数多く存在します。
SNSの普及によって、一つの発言が一瞬で拡散されるようになりました。生成AIなど、新しい技術も次々に登場しています。便利になった反面、私たちが知らなければならないルールも急激に増えました。
ここでは、実際の事例や判例をもとに、「なぜ逮捕されたのか」「どこが違法だったのか」「どうすれば防げたのか」を、元刑事の視点から、できるだけわかりやすく解説します。
今回は、職場での会議の録音にまつわる事例の紹介です。
※本稿は、『これだけで、逮捕「知らなかった」では済まされない29の落とし穴』(著者:森雅人、監修:足立直矢、PHP研究所)の一部を再編集したものです
会議を録音して逮捕!?
「議事録代わりに、今日の会議は録音しとこ」
メーカーに勤めていた会社員は、社内の定例会議に参加していた。その会議では、新製品の価格戦略や取引先との交渉方針、今後の事業計画など、社外秘とされる情報が多数話し合われていた。
本人は「議事録を正確に残すため」「後で聞き返すため」という理由で、上司や会社に無断のまま、スマートフォンで会議の音声を録音。
その後、録音データの一部を知人に聞かせたり、外部と共有したことをきっかけに情報流出が発覚。会社が内部調査を行った結果、録音の事実と外部への提供が確認され、音声の中には営業戦略や未公表情報が含まれていることも判明した。
最終的に会社は被害届を提出し、当該行為は営業秘密の不正開示に当たるとして、不正競争防止法違反で書類送検された。
ココがアウト:不正競争防止法違反(営業秘密の漏えい)
社外秘情報を含む会議を無断録音し、外部に提供。「議事録目的」「個人的共有」でもアウト
刑事の視点からのコメント
録音はメモじゃない
この手の事件で話を聞くと、「議事録を作るためだった」「後で聞き返したかった」という説明をよく聞きます。録音ボタンを押す時、多くの人はメモを取る感覚です。
しかし、刑事の目線では録音とメモは別物です。
メモは自分が理解した内容しか残りません。しかし録音は違います。会議で話された内容が、そのまま残ります。誰が何を言ったのか。どんな数字が出たのか。どんな戦略が話し合われたのか。すべて残ります。
だから、録音という行為は「会議そのものを持ち帰ること」に近く、会社から見れば重要な情報のコピーが一つ増えたことになります。
会社を裏切ろうと思ったわけではない。情報を売ろうと思ったわけでもない。しかし、悪意がないことと、危険がないことは別です。
そして、そのデータが会社の管理から外れた瞬間、問題が始まります。
なぜ捕まるのか
金銭のやり取りは関係ない
このケースで問題になるのは、不正競争防止法における「営業秘密の不正開示」です。営業秘密というと、書類やデータを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、法律上は形を問いません。文字でも、画像でも、音声でも、営業秘密は成立します。
そして営業秘密として評価されるポイントは、以下の三つです。
①社内で管理されている
②事業活動に役立つ情報である
③一般には知られていない
たとえば、価格戦略、取引条件、未公表の事業計画、顧客情報などが会議で話し合われていた場合、この条件を満たす可能性があります。
次に問題になるのが、その情報を会社の管理外へ出したかどうかです。会社の許可なく録音し、私物のスマホやクラウドに保存した時点で、会社の管理は外れていることになります。
さらに、第三者へ聞かせる、データを送る、内容を共有する、といった行為があれば、「不正開示」としてより重く評価されます。
ここでよくある誤解があります。それは、「売っていない」「お金をもらっていない」というものです。しかし不正競争防止法は、利益を得たかどうかではなく、営業秘密を不正に開示したかどうか、そのものを問題にします。
つまり、
1⃣営業秘密が含まれる会議を
2⃣無断で録音し
3⃣会社の管理外で保存し
4⃣外部に渡した
という流れが認められれば、刑事事件として扱われる可能性があるのです。
録音は、たしかに便利な機能です。ただし、便利さと合法は一致しません。ここを取り違えると、一気に刑事ラインを越えます。
対処法
個人レベルでできることー家族や恋人も「第三者」
会議の録音で一番危険なのは、録音そのものよりも、その後の扱いです。
多くの人は、「家族に聞かせただけ」「恋人に相談しただけ」「親しい友人だった」と考えます。
しかし法律上は、家族や恋人であっても第三者です。相手との関係性は関係ありません。会社の外の人に聞かせた時点で、問題になる可能性があります。
また、音声データも資料と同じように扱うことが大切です。スマートフォン。私用メール。個人クラウド。私用パソコン(PC)。こうした場所に保存すると、会社の管理外へ出たと評価されることがあります。
録音が必要な場合は、
・会社や会議参加者の許可を得る
・録音の目的を明確にする
・保存場所を決める
この三点を事前に確認しましょう。
そして録音した後も、「誰にも聞かせない」「勝手に共有しない」を徹底しましょう。情報漏えい事件は、悪意のある売却よりも、「これくらいなら大丈夫」から始まることが少なくありません。
だからこそ、録音データは会社の情報である、という意識を持つことが、自分と会社を守ることにつながるのです。
会社としてできること―便利な時代だからこそ、細心の注意を
会社側がまずやるべきなのは、会議録音に関するルールを明文化することです。録音してよい会議なのか。許可は誰が出すのか。保存先はどこか。いつ削除するのか。こうしたルールが曖昧だと、社員は自己判断で動くようになります。
また、「音声も営業秘密になり得る」という認識を社内で共有することも重要です。資料の管理は厳しいのに、録音については何も決まっていない、という会社は意外と多くあります。
さらに、私物端末の扱いも明確にしておくべきです。特にBYOD(Bring Your Own Device)を認めている会社では、録音や保存の可否をルール化しておかないと、思わぬ情報漏えいにつながることがあります。
最後に、議事録の正式ルートを用意しましょう。録音しなくても済む環境を作れるよう、公式の議事録を共有したり、共有フォルダを作ったり、確認フローを立てたり。正式なルートがあれば、無断録音は確実になくなります。
会議の録音トラブルは、便利さと油断から起きるもの。だからこそ、ルールと代替手段が最大の防犯になるのです。
『これだけで、逮捕「知らなかった」では済まされない29の落とし穴』

発売日:2026年8月
発行所:PHP研究所
定価:1,870円(税込)
ISBN:9784569861623
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