現代社会には、「知らなかった」では済まされない落とし穴が数多く存在します。
SNSの普及によって、一つの発言が一瞬で拡散されるようになりました。生成AIなど、新しい技術も次々に登場しています。
便利になった反面、私たちが知らなければならないルールも急激に増えました。
ここでは、実際の事例や判例をもとに、「なぜ逮捕されたのか」「どこが違法だったのか」「どうすれば防げたのか」を、元刑事の視点から、できるだけわかりやすく解説します。
今回は、今やなくてはならないメールにまつわる事例の紹介です。
※本稿は、『これだけで、逮捕「知らなかった」では済まされない29の落とし穴』(著者:森雅人、監修:足立直矢、PHP研究所)の一部を再編集したものです
メールを送って逮捕!?
「営業メールなんて、数で勝負でしょ! 」
中小企業に勤める営業担当者は、新規顧客を開拓する目的で、自社サービスを紹介する営業メールを作成した。過去に名刺交換をした相手や、ウェブ上で収集したメールアドレスをもとに、特に事前の承諾を取ることもなく、数千件規模で一斉送信を行った。
しかし、メールの文面は送信者情報が不十分で、配信停止の方法も明示されていなかった。
その後、受信者から「迷惑メールだ」との通報が相次ぎ、総務省や消費者庁が調査を開始。送信履歴やサーバログから、反復継続的な広告メールの送信が確認された。
最終的に、当該行為は迷惑メール防止法および特定商取引法に違反すると判断され、会社だけでなく、実際にメール送信を主導した個人も書類送検された。
ココがアウト:迷惑メール防止法違反/特定商取引法違反
「相手の事前承諾なし+広告目的+一斉送信」、この3つがそろった瞬間、刑事ゾーン!
刑事の視点からのコメント
「会社のため」から始まる犯罪
営業関係の事件で話を聞いていると、本人に悪意がないことが少なくありません。数字が足りなかった。今月の目標が厳しかった。あと数件だけ、契約がほしかった。そんな理由です。
だから本人は、「会社のためだった」「営業なんだから当たり前だと思った」と話します。
実際、営業という仕事は数字で評価されます。契約件数。問い合わせ件数。売上。そうしたもので成果が見られる仕事です。
だからこそ、怖い。目標が近づくと、あと少し、もう一件、もう一回だけ。そう考えるようになるからです。
実際、営業関係の違反は特に、「善意の暴走」が多いように感じていました。
お客様を騙そうとしているわけではない。会社に損害を与えようとしているわけでもない。むしろ逆です。会社のために結果を出したい。だからルールを後回しにしてしまう。
そして気づいた時には、「これくらいなら大丈夫」が積み重なっていきます。
営業に必要なのは根性ではなく、数字を追いながらも、「ここから先はやらない」という線引きをすることです。
結果は会社を成長させます。しかし、ルールを守れなくなった瞬間、その結果は会社も自分も守ってくれません。私はそれを、取調べ室で何度も見てきました。
なぜ捕まるのか
営業メールと犯罪メールの境界線
営業メールが問題になるのは、営業だからではありません。相手の同意がないからです。
多くの人は、「名刺交換をした」「過去に取引がある」「会社の連絡先だから」という理由でメールを送ります。
しかし、それと広告メールを受け取ることに同意しているかどうかは別問題です。
法律は、「広告メールは、受け取りたい人にだけ送る」という考え方を採っています。
そのため、相手が望んでいない広告や宣伝を一方的に送り続ければ、迷惑メール防止法の適用対象になる可能性があります。
また、送信者の氏名や会社名、連絡先、配信停止の方法など、これらを明記せずに送れば、それだけで違反になります。
加えて、一斉送信・反復継続が重なると、刑事事件として扱われやすくなります。一通だけなら指導や警告で済むこともありますが、数百、数千件を何度も送っていれば、「業としてやっている」と判断されるのです。
そして、この種の事件には大きな特徴があります。
それは、証拠がすべて残ることです。送信日時。送信件数。送信先。使用したシステム。すべてデータとして記録されています。
だから、「覚えていない」「システムが勝手に送った」という説明は通用しません。
営業活動と違法行為の境界線は意外と近くにあります。その線を分けているのは、売り込みたい気持ちではなく、相手の同意があるかどうかなのです。
対処法
個人レベルでできることー「同意」って具体的に何?
まず覚えておいてほしいのは、名刺交換と同意は別だということです。
営業の現場では、「名刺をもらったから送っていい」と思っている人が少なくありません。しかし法律上、それは広告メールを受け取る同意とは違います。
同意とは、「広告や宣伝メールを送ってもよい」という意思を相手が示している状態です。つまり、「連絡先を知っている」だけでは足りません。
営業したい気持ちで焦っても、この部分を飛ばしてはいけないのです。
次に意識してほしいのは、メールの内容です。送信者の氏名や会社名。連絡先。配信停止の方法。こうした情報は必ず記載するようにしましょう。「一斉送信ツールが送った」「会社のテンプレを使った」という説明は通用しません。送信ボタンを押したのが自分なら、その責任も自分にあります。
だからこそ、送る前に一度立ち止まる。
迷った時は、「自分が受け取っても嫌な気持ちにならないか」と、考えてみる。
その数秒が、自分と会社を守ることにつながります。
会社としてできること―会社ができる「最大の防犯」
会社がまずやるべきなのは、「営業メールは営業担当者の自由裁量」という考え方を捨てることです。営業活動であっても、法律のルールの中で行われなければなりません。そのためには、同意取得の仕組みを整備することが重要です。
・フォームでの明示的なチェック
・配信登録の記録保存
・同意日時の管理
こうした運用が決まっていない営業組織は、それだけでリスクを抱えています。
また、誰が、どのツールで、どの内容を、どの範囲に送っていいのか。といったルールも文書化しておくべきです。ルールが曖昧な組織では、現場が善意で判断し、善意で踏み越えてしまうことがあります。
会社に必要なのは、「気をつけろ」という精神論ではありません。
誰が担当しても違反できない仕組みです。
営業メールの管理は営業効率の問題ではありません。
会社を守るためのコンプライアンス対策なのです。
『これだけで、逮捕「知らなかった」では済まされない29の落とし穴』

発売日:2026年8月
発行所:PHP研究所
定価:1,870円(税込)
ISBN:9784569861623
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