彼我の差にささくれだっていた主人公の心を変えた「パジャマパーティー」の夜
田原鳴海、45歳。5年前から会員制の高級ジムで清掃の仕事をしている。ジムの入会金は鳴海の年収より高い。「金持ちはランニングマシーンの上で走る。わたしは交通費を浮かせるため、ふた駅分の距離を歩いて通勤する」。一つ年上の鳴海の夫・暖は自分が美しいことを「ひけらかしもしない。へりくだらない。威圧しない」。でも、そのせいで男社会ではうまくやれない。人間関係が原因で何度も転職をしているため、収入は安定しない。暮らしに余裕はない。
ある夜、鳴海の携帯がなる。「鳴海さんの携帯でよろしいですか?」と若い男の声で聞かれ、「そうですが」と答えた鳴海に、その声は続ける「あの、母がそちらに行ってませんか?」。男が名乗った南雲栄輝という名は、鳴海に覚えがあるものだった。20年前、二度と会わない、と言ったのは、栄輝の母親である彌栄子で、だから「会いにくるわけないでしょう」と返した鳴海に栄輝は言う。「泥棒でしょ、あなたは。だから取り返しにいったのかと思ったんですよ」と。かつて、鳴海は栄輝の子守りとして、南雲家で働いていたことがあった。
栄輝が口にした「泥棒」という言葉のわけは、実際に本書を読まれたい。なぜ、彌栄子が二度と会わないと口にしたのか、も。
世の中は不公平で不条理で、気づきたくなくても格差は歴然とあって、だから、あちら側とこちら側、と気持ちに線を引いていた鳴海が、彌栄子と出会ったことで変わっていくのがいい。彌栄子もまた、鳴海によって本来の自分を取り戻していく。彌栄子が企画した「パジャマパーティー」の夜の彌栄子と鳴海のシーンは、その後に起こる“事件”も相まって、奇跡のように美しい。
物語のラスト、「わたしたちは踊れる」「いつだって踊り出せる。わたしたち自身がその気になりさえすれば、どこででも、誰の前でも」という鳴海の言葉が、祝福のように読者の胸に降りそそぐ。
書誌情報
- ぬすびと
- 著者:寺地はるな
- 発売日:2026年03月
- 発行所:双葉社
- 価格:1,870円(税込)
- ISBNコード:9784575248746
試し読み
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて、『ぬすびと』の試し読みが公開されています。
▶『ぬすびと』の試し読みはこちら
著者プロフィール
寺地はるな(てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2020年『夜が暗いとはかぎらない』が咲くやこの花賞文芸その他部門を受賞。2021年『水を縫う』が第9回河合隼雄物語賞を受賞。2023年本屋大賞『川のほとりに立つ者は』がノミネートされる。近著に『そういえば最近』『リボンちゃん』『ナモナキ生活はつづく』『世界はきみが思うより』などがある。

