中山夏美
山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。
「始めるのに遅いことはない」とはよく言いますが、40歳手前の今、新しいことにチャレンジするスイッチを入れるのは、ものすごく重たい作業になっているのを感じます。それは経験を積めば積むほどに、次のステップに切り替えたときの不安や苦悩を想像できてしまうから、かもしれません。それに加えて「その年から始めるの!?」と思われること(実際誰も思わないかもしれないけど)に恥ずかしさがあるのも大人の悪いところですね。
今回紹介する『海が走るエンドロール』(秋田書店)は、主人公・茅野うみ子が65歳で美大に進学するという話です。自分よりも遥かに上の人のチャレンジ。それはとても興味のあるテーマでした。
夫と死別したばかりのうみ子さんは、十数年ぶりに訪れた映画館で濱内海という映像専攻の美大生に出会います。上映中、ふいにうみ子さんは映画よりも観客席が気になってしまう。そのときに海と目が合います。上映後に彼はうみ子さんに「映画を作りたい側なんじゃないの」と問いかけます。
彼女の人生はそこで一転。ざわざわする気持ちに対して初めは「こんな、おばあさんが……」と躊躇しますが、押し寄せてくる波に吸い込まれるように次の一歩へと進んでいきます。海と同じ美大への入学を決め“映画を撮る側”の仲間入りを果たすのです。
『海が走るエンドロール』たらちねジョン
映画制作は「老後の趣味」ではない
美大で過ごす時間は、うみ子さんにとって新鮮な出会いの連続。いくつになっても「学ぶのは楽しい」。もしかしたらそれは、大人になったからこそ楽しいと感じられる時間も含んでいるのかもしれません。
でも少しずつモヤモヤが溜まってきます。「老後の趣味の自由時間ですか?」。何気ない同級生(と言っても40歳以上下の若者)のひと言に違うと思いながらも「そうよ」なんて言ってしまったり。
自分でその言葉に傷つき、心の中は大嵐。そこにまた海が問いかけます。「思ってもいないことを言ってしまったとき、後悔しないんですか。それとも、うみ子さんはもう時間が少ないから、諦めるんですか」。
強烈に響いた海の言葉。それはどこか自分に問いかけられているような気さえしました。もう40歳にもなるから。子どもが小さいから。東京ではなく山形に戻ってきてしまったから。いろんな理由を並べて新しいことへの扉を閉め、ウソをついているのではないか。そんな風に私も海に言われているような、とても重たい言葉でした。
うみ子さんは、本気で「映画を撮りたい」と思っている海に対して、「老後の趣味」なんて軽口を叩いてしまったことを猛省。「映画を撮りたいから」と堂々と言える自分になることを決意します。
作る人と作らない人の境界線はどこか
海の言葉を噛み締めたうみ子さんが出した答え。それは作る人になるかどうかは自分次第だということ。「誰でも船は出せる」。その勇気があるかどうかです。
至極当たり前なこと、と言われればその通り。だけど、やっぱりそこで年齢や環境は足かせになってしまいます。うみ子さんは、海と出会ったことで、65歳という年齢をも超える情熱があることに自分で気づきます。
正直、その情熱に出会えることがうらやましい。漫画の主人公にそんな感情を抱くことが不思議な気もしますが、年齢を重ねる(また年齢のことを言っていますね……)と、どうしても“新しい情熱”に出会いにくくなるのも事実。何か私にも見つけたい。そう思わせてくれるパワーがうみ子さんと海にはあります。
『海が走るエンドロール』たらちねジョン
月刊『ミステリーボニータ』(秋田書店)で2020年から連載が始まり、「このマンガがすごい!」の2022年版、2023年版と2年連続でランクイン。現在コミックは第4巻まで発売中です。
「始めるのに遅いことはない」。それを体感しているうみ子さんの存在は、非常にかっこよく、エネルギッシュ。共に夢を追いかける海が「撮られる側」に挑戦したり、新たな試練との戦いもあります。
今まさに夢を追いかけている人、行動力が鈍ってしまっている人には、刺さるものがあるはず。年齢や環境を超えて「チャレンジする気持ち」を掻き立ててくれる作品になっていると思います。
※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年6月25日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。