刷り込まれた「呪い」を払拭して、湧き上がってくる「怒り」と同居できるか
数多いる動物のなかでも、豚はどこか軽んじられていないだろうか? 豚に真珠、豚もおだてりゃ木に登る……改めてことわざや慣用句を並べると、そのどれもが豚をネガティブに扱うことで成立している。しかし、無自覚に何かを蔑ろにする雰囲気は「これは見下してもいいものだ」という刷り込みにつながり、呪いとして機能するときがある。
塩見香子も、呪いをかけられている人間だ。玉雪出版が発行する少女漫画雑誌「月刊ペルル」の編集部に属する彼女は〈何があっても怒らない仏の塩見さん〉として働いている。高校時代に仲のよかった宮原大聖と同窓会で再会し、隣人の菊田春木がアルバイトとして編集部に勤務するようになるなど、立て続けに少女漫画的なイベントに遭遇する彼女だったが――呪いが順風満帆なロマンスを阻む。香子は怒ると「ブタ鼻」になってしまう呪いをかけられていたのだった。
香子にかけられた呪いの根幹には2つの刷り込みがある。ブタ鼻を醜く思う感情、そして怒りを醜く思う感情だ。他者とのかかわりで価値観に違いがある以上、怒りたいときはどうしてもある。だが、喜怒哀楽のなかでも怒りは醜いものとされがちだ。怒らないのではなく、怒れなくなった香子が苦しんでいる呪いは、私たちにとっても決して他人事ではない。
では、怒りを醜く思う呪いを解く方法はあるのか? 実のところ、ある。登山をする春木が自身の暮らす世界を〈下界〉と捉えているように、他者との干渉を天上人のごとく極力避けて生きれば、そもそも怒りはうまれない。しかしそれは、喜怒哀楽を「怒」だけでなく、丸ごと蔑ろにするのと同義だ。蔑ろにする範囲を広げただけでは、根本的な解決にはならない。
香子は二人の男性と接する過程で、かけられた呪いと向き合うようになる。ブタ鼻も怒りもなくせないならば、いかにして同居していくか。それは呪いの根源にあるネガティブな刷り込みを、少しでもポジティブに引き受けなおす営みでもある。読み終えたときには、かかっていた呪いが解かれているはずだ。
書誌情報
- 恋するブタハナ
- 著者:額賀澪
- 発売日:2026年02月
- 発行所:双葉社
- 価格:1,980円(税込)
- ISBNコード:9784575248708
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著者プロフィール
額賀澪(ぬかが・みお)
1990年茨城県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。2015年に『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。2016年、『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書に。2023年、「転職の魔王様」シリーズがテレビドラマ化。その他の著書に『風に恋う』『沖晴くんの涙を殺して』『天才望遠鏡』など。

