孤独な2人の「必然」の2人暮らし

「私のことをわかってくれる人はいない」……そんな、誰の心にもあるすきま風のような孤独に静かに寄り添う作品が、鳴見なる先生の『のら犬と天使ちゃん』だ。
無骨で荒(すさ)んだ空気感に鋭い目つき……まるでのら犬のような“壱村冬至”は、「誰もが知る」ある事情から周囲の人からはいつも遠巻きにされ、未来に感じるのは閉塞感ばかり。
まるで天使のような透明感と可愛らしさを持つ“夏目咲夜”は、ある天才的な能力の持ち主。だけどそのぶんだけの生きづらさも抱えている。

絶対に交わることはないように見えた2人は、なぜか一緒に暮らすこととなる。そこには必然の理由があって、この漫画はそのピースを丁寧に描く。それが私たちの心も優しく潤してくれるのだ。
のら犬、天使に出会う
ある「誰もが知る」事件との深い関わりから、人との関わりを避けて生きるフリーターの冬至。他人に素性を知られることは、彼にとっては「排除される」と同じ意味だ。
事件のせいで定職につけず、借りた部屋からも追い出されそうな20歳の冬至にとって、節目のはずの成人の日も「ただの1日」にすぎない。

それどころか、家がなくなれば次の仕事に就くこともできなくなる。日々を生きることだけで精一杯の冬至の前に現れたのが、勤務先のスーパーの常連客であるこの美少女だ。

その儚(はかな)げな美しさに周囲は浮き足立つけれど、冬至にとっては天使というより命綱の半額弁当をさらっていく存在にすぎない。
そんな中、客と店員のトラブルに巻き込まれた冬至と“天使”は、連携してその場を収めたのだけど……。


冬至の態度に腹を立てたのか、「店に忘れたスマホをもってこい」と名指しで呼び出す天使。こんなイレギュラーな出来事も、冬至にとっては自分の立場を自覚させられるだけなのが切ない。

“天使”の家を訪ねてみると、そこは成人の日に陽キャが騒いでいたシェアハウス。そして、格安の家賃に惹かれて冬至が内見申し込みをしていた物件でもあった。
いろいろ複雑な思いがありつつも、冬至はここに住まざるを得ない状況に。陽キャ軍団がすでに退去していたのはラッキーだけど、当面は「天使」こと“夏目咲夜”との2人暮らしになることに冬至は戸惑う。
咲夜は「カメラアイ」という特殊能力を備えた、いわゆる「ギフテッド」。

能力はすごいけど、苦手なことは本当に苦手。「周囲から浮かないように振る舞うこと」もそのひとつで、どうも孤立しがちなようだ。「普通じゃない」ことで周囲から弾かれてきた2人は、その共通点から互いの心の奥にある孤独に触れ合うことになる。

そして、シェアハウスのオーナーも、その姪である咲夜も、冬至の事情を知った上で入居を受け入れているという。初めて、素性を知られた上で存在を受け入れられた冬至。その頑なな心が、少しずつ解けはじめる。
潤いだす心
「男女の突然の同居生活」や「事情を抱えた無口な青年と、少し強気な美少女」。ラブコメにおける王道だけど、一歩間違えれば「ベタ」になる舞台設定がなぜか新鮮に映る。この漫画はジャンル特有の「お約束」へのアプローチがとても誠実なのだ。
たとえば、男女の同居につきものの「入浴中にバッタリ」もそのひとつ。
「見られる」のが男性である冬至側であること、そして咲夜の「カメラアイ」という能力が、冬至との圧倒的な体格差を脳裏に焼き付けるための「機能」として働いていること。


「咲夜といると落ちているヒマがない」はじめての感情を抱える冬至と、咲夜の表情のギャップ……。「あるある」ハプニングが描き出す繊細な気持ちの変化がたまらない。
「大雨の夜、停電の部屋に2人きり」のシチュエーションもそうだ。

その記憶力があれば暗闇なんて気にならないはずの咲夜(と冬至)の気持ちのスイッチが入るきっかけは実に鮮やか。このあと、恋の始まる瞬間がガツンと可視化されていて、思わず息を呑んでしまう。
渇いた日々を送っていた冬至の心が動く瞬間には、いつもそこに「水」があるのもなんだかいいなと思うのだ。
日々の生活に疲れ、心がささくれ立っている人にこそ読んでほしい。不器用な2人が作る「帰る場所」は、読む人の心も優しく迎えてくれるはずだ。
*
(レビュアー:中野亜希)
- のら犬と天使ちゃん 1
- 著者:鳴見なる
- 発売日:2025年12月
- 発行所:講談社
- 価格:869円(税込)
- ISBNコード:9784065407936
※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2026年1月31日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。

