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  • 「お客さまの期待に実直に応え続ける」図書館流通センター社長 細川博史氏インタビュー

    2019年09月09日
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    新聞之新聞社 諸山 誠
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    お客さまの期待に実直に応え続ける

    図書館総合支援企業の図書館流通センター(TRC)は1979年、赤字に陥った日本図書館協会・整理事業部の図書装備・納品事業を立て直すことを目的に、取次6社と講談社などの出版社9社や個人などの出資を受けて発足した。

    当時、学校図書館への図書納品事業を成功させていた学校図書サービス(SLS)の石井昭社長を実質の経営責任者に迎え、事業を軌道に乗せて85年には億単位の負債を完済。93年にはTRCとSLSが合併し、現在のTRCが誕生、今年12月に40周年を迎える。

    7月1日にはこれまで長年にわたり経営者として辣腕(らつわん)を振るい、社を急成長させた石井昭氏が後進に道を譲る形で社長を退任。細川博史社長と佐藤達生副社長による二代表制に刷新した。88年の入社以来、営業畑を歩み続けた細川社長に、今後どのような方針でTRCのかじを取るのか、話を聞いた。

    細川博史(ほそかわ・ひろし)
    1988年4月学校図書サービス(現・図書館流通センター)入社。2016年6月取締役、19年7月代表取締役社長。53歳。

     

    7月から新体制発足 40周年迎え第三の創業へ

    ―― TRCでの経歴について教えてください。

    大学1年の時に、学校図書サービス(SLS)にアルバイトで勤務したのが始まりです。職場は埼玉県の大宮駅近くの営業所で、そこから朝から晩まで小中高校の学校図書館や公共図書館をワンボックスカーで回って、図書を納品。帰社後は注文を受けた本のフィルムコーティング作業を外注さん(個人の外注先)に依頼するため、本を車に積み込んで各外注さんのご自宅に届け、作業済の本を引き上げてくるという仕事でした。

    大学を卒業する頃には「SLSで働かないか」と声を掛けてもらい、1988年に入社。初めは子会社のリブリオ図書館販売(当時)に配属され、全国の書店の方々と一緒に学校図書館や公共図書館を巡回販売していました。営業メンバーは4人だけで、私は長野・静岡県などの中日本地区の担当として3年ほど在籍しました。

    SLSに戻ってからは電算化の時代の中、社が開発した学校図書館のパソコン管理ソフト「助っ図くん/Jr」の導入支援の仕事に。その後はSLSと合併後のTRCの営業として、新潟県で約3年、四国地区で約4年、その後に福岡・山口県を受け持ちました。

    特に福岡では苦労しました。当時同県での弊社のシェアは5割以下でそれを拡大するのが仕事でしたが、弊社のTRC MARC(以下、マーク)と図書館用オンライン発注システム「TOOLi(ツールアイ)」は他社のシステムに比べて高額だったため、なかなか良さが伝わりませんでした。

    ―― 今では福岡県のシェアは9割にも上っているそうですが。

    我々が提供するサービスは、ほぼ全ての書籍情報を提供し、約7割の本は在庫して、発注後素早く装備済で届けること、そして詳細で精度の高い書誌データを提供することによって、図書館側が加工する必要がない合理的なものです。中身には自信がありましたので、営業活動としては泥臭い“ヒラメ筋営業”です(笑)。ふくらはぎの筋肉(ヒラメ筋)がパンパンになるまで足しげく図書館に通って、「弊社のサービスを使えば、他社のものを自館で使えるように加工作業していた作業コストを削減でき、全体の経費は下がる」と提案し続けました。

    ようやく採用していただいた図書館には弊社のサービスレベルを理解していただき、その後は口コミで他館に広がっていきました。当時は図書館同士が県全体、地域全体で情報を共有していく時代でもありましたので、横展開で徐々に導入していただき、数年かけてシェアを8割程度にまで伸ばしました。

    福岡・山口県の後は、首都圏地区(東京23区)で図書館運営の業務委託や指定管理を引き受ける仕事を中心にしていました。今では指定管理者制度への理解が広がり、弊社も522館(一部業務委託・指定管理者、19年8月現在)の運営を任されています。

    しかし、96年から図書館の一部業務委託が始まり、2005年から図書館での指定管理者制度がスタートした際、当時のTRCは制度に反対の立場をとっていました。図書館を知らない会社が参入すれば、図書館をゆがめてしまうのではないかという懸念があったからです。しかも、当時は図書館運営経験がある民間事業者は皆無で、事業者側の準備もできていませんでした。

    一方で、郵政民営化などが実現し、時代はいやが上にも官から民への方向へかじを切っていました。図書館を知らない企業が指定管理者になっては「図書館が衰退する」と考え、図書館業界で仕事をする上で必要なことと腹をくくり、その流れに対応する決断をしました。ベテラン図書館員による研修制度を設け図書館スタッフへの教育を行い、図書館運営を受託していくことにしました。その時にできた研修制度は、その後会社組織として立ち上げた「ライブラリー・アカデミー」に引き継がれています。

    そんな中、11年に、「新しい仕事をやってみろ」と言われて、子会社の図書館総合研究所に異動しました。初めは「図書館を使った調べる学習コンクール」の普及などに取り組んでいましたが、自分の食いぶちくらいは自分で稼ごうという思いから、当時韓国で多くの図書館に導入されていた書籍消毒機の販売を始めました。一台約100万円(諸経費込)で、日本ではあまり普及しておらず、最初の1年目は箸にも棒にも掛かりませんでした。

    販促を考えようと、導入していただいた館にお願いし、どのように使われているか、誰が使っているのかなどを調査しました。1か月に4,000回も利用される館があったり、子ども連れの親や年配の男女が良く利用する事などが分かりました。これらのデータをまとめて、他の図書館に提案したところ、利用頻度の高さや要望の多さから100万円という価値を認めてもらえるようになりました。その後は各種メディアにも取り上げていただき、今では設置が当たり前のようになってきましたが、それでも現時点で約170館しか入っていません。まだまだ伸びしろはあります。

    この仕事を進めるうちに、自分が「図書館の環境整備」を行っていることに気付きました。図書館にはさまざまなクレームが寄せられます。書籍消毒機を販売することで、図書の潜在的な不快感や臭いに関するクレームを解消できるのです。クレームを軽減させること自体がビジネスになると考え、川や森などの自然音が流れる「KooNe(クーネ)」や、天然のアロマが香る「Air Aroma(エアアロマ)」といった機器を図書館に提案しました。音と臭いは、図書館へのクレームの代表。それをコントロールすることで快適な環境を提供できると考え、各地で導入を進めました。

    ほかにも、「図書館に自然を」をテーマに、室内ビオトープや室内緑化のためのハイドロカルチャー植物なども扱いました。実は、TRC(SLS含め)に勤める30年のうち、この頃が最も楽しい時期でした(笑)。売り上げは最大で年間1億3,000万円。このまま4億~5億円にまで伸びれば、事業として独立できるのではないかとも思っていました。

    そんな思いもつかの間、16年には「営業に戻ってこい」と東日本を担当する営業担当の取締役になりました。ここからの3年間は、世の中で雇用賃金や配送料などが急上昇していく中、収益の減少をどう食い止めるか、そこに注力していました。運営する図書館で「業務改善」を旗印に、無駄な作業を減らし、仕事量と人員を適正化するよう全国規模で業務内容の見直しを図りました。また、協業する書店や自治体、図書館にも条件改定のお願いに参上し、取引先の大半には何とかご理解いただけました。

     

    代表2人で役割分担 課題抽出し、改善・向上へ

    ―― 就任の約2か月前に社長の内示があったそうですが、石井社長からどのようなことを言われましたか。

    「誠実にやれ」と。もう一つは出版業界も大変な時期で、「こういう時に交代するのは気の毒だが頑張れよ」とも(笑)。

    弊社には「役割はあっても身分はない」という教えがあります。私も社長という役割について、相当考えました。しかし簡単に答えは出ませんでした。それで今は、一から業務の学び直しをしています。私はこれまで営業の仕事しかしてきませんでしたので、社内の各部署が持つ課題の把握と、その解決策を考えています。まずはマイナスからゼロに改善して、ゼロからプラスに向上させていこうと。

    代表は2人おりますので、私が主に現業務の整備、佐藤(副社長)が新しい視点での向上と、それぞれ役割を分担しながら、互いに提言もし合うというやり方で進めていくつもりです。

    ―― 細川社長と佐藤副社長の役割分担は具体的にはどのように。

    これまで弊社で行ってきた業務の柱をそれぞれ見直し、ブラッシュアップしていくことが私の役割とすれば、図書館総合研究所の社長でもある佐藤(副社長)は、より大きな視野で、これまでTRCが積み重ねてきた図書館業界での取り組みを、新しい事業や異業種への仕組みに転用できないか、そのようなことを考えています。

    ―― 具体的に会社の課題は見えてきましたか。

    弊社の仕事の柱が、「図書物流・マーク」と「図書館運営受託」の2本とすると、「図書物流・マーク」は出版業界全体がダウントレンドにある中、もはや図書館のことだけを考えていてはいけない状況だと認識しています。ただ、すぐに何かができるほどの力が弊社にあるわけではありませんので、そこはもう少し考えていきたい。

    ただ、今言えることとして、毎週「週刊新刊全点案内」を社内で作成・送付し、それを元に図書館が発注して、5日で出荷して届けるという、今の図書物流の仕組みを磨く必要があると考えています。私どもは年間1,000万冊の図書を図書館に納品しており、紹介した本がどれくらい注文されたかなどを図書館専用インターネットサービス「TOOLi」で表示するなど、図書館での選書をよりスムーズに行うためのサポート機能を付加することはできるはずです。すでに社内ではプロジェクトチームを発足し、取り組みを始めています。

    [写真]本の情報を1点1点詳細かつ迅速に入力して作成されるTRC MARC

    また、弊社の物流拠点・新座ブックナリーでは、500人ほどが図書の装備作業に携わっています。実は、これまでに3度ほど、その装備作業を機械化しようとチャレンジしましたが、全てうまくいきませんでした。しかし、AI(人工知能)の進化には期待するべきだと思っています。これまでの反省とAIによる自動認識技術でどこまで自動化できるか、これから検証してみたい。装備の作業において悩ましいのは、図書館の装備仕様が統一されておらず、さまざまなローカルルールがあることです。これをいくつかのパターンに統一化できれば、作業効率はかなりアップします。こうした課題を各部署で抽出し、解決していきたい。

    [写真]すべて手作業で行なわれている図書装備(新座ブックナリー内)

    ―― 二本柱の事業の将来性について教えてください。

    現在の図書販売の売上高は約150億円です。図書館市場は約270億円と言われていますが、図書館予算は増えていませんので、これからも大きな期待はできない。ただ、先ほど申し上げたように図書を届ける仕組みをもっと磨くことで、売上高のシェアを上げることは可能ではないかと思っています。図書館の運営受託については、自治体が民間にアウトソーシングしていく流れはまだ続きます。その要望に応えていきたい。

    そこで我々が最も大事にしているのが、人材です。単に頭数をそろえるのではなく、図書館で働く技術と意識・気持ちを持ち合わせる人を育成し、働いてもらう。質の高い人材が業務に就けば、労働生産性が高まり、少ない人数で運営できる。そのためには、投資が必要です。自治体の中にはいまだコスト重視の考え方がありますが、我々は、図書館の質を上げるために、我々が持つ民間ならではの工夫やノウハウ、教育の仕組みを活用してくださいと提案しています。

     

    海外で新事業を模索 10年で売上高倍増を計画

    ―― 指定管理者制度は官製ワーキングプアの温床だという指摘があります。

    我々もそれを容認する気はまったくありません。そうなってしまえば、図書館市場は伸長せず、業界は衰退してしまう。以前に比べて、コストカットだけを目的に指定管理者制度を導入する自治体は減りました。価格のみの入札制度が残っている地区もありますが、提案内容を競うプロポーザル方式に変わってきています。

    今の我々は運営・受託する図書館を増やすことよりも、弊社が提案する企画の価値を理解してくださる自治体の要望に応えていくというスタンスで仕事をしています。近年弊社の運営・受託館が大きく増えていないのはそのためです。採算が合わないため契約更新時に再応募をしなかった事例もあります。営業としては売り上げが下がりますので、大きな覚悟が必要ですが、図書館の質を担保するためには必要なことだと考えています。

    ―― TRCの売上高の内訳で図書館の運営受託の収入はどのくらいの割合ですか。

    50%弱です。これからはもっと高まっていくでしょう。現在の売上高は約460億円ですが、そのうち図書の販売(150億円)では配送費・装備代などもかかるため、あまり利益が出ていないというのが実情です。

    [写真]2014年の開館から運営を任されているおおぶ文化交流の杜図書館(愛知県)

    ―― 第一の創業においてはマークと図書販売、第二の創業では図書館の運営受託がTRCの新たな収益の柱となり社を発展させました。これからは第三の創業となる新たな事業を模索し、2030年には売上高を倍の1,000億円にする目標を掲げていると聞きます。

    これまで築き上げた我々の資産をさらに幅広く展開できないかと考えています。

    今、ミャンマー国籍の方2人を社に迎えています。日本で学んでもらい、それを自国の図書館に生かすことが目的です。また先日、JICA(ジャイカ)にミャンマーでのビジネス支援事業の案件を採択していただきました。これはヤンゴン市内に開館予定の新国立図書館等の図書館において、日本における図書館支援の経験・ノウハウを活かした「課題解決型」子供図書館モデルを、パイロット事業を通じて構築し、その開発効果の検証と横展開するビジネスモデルの策定を行うものです。図書館の運営方法や役割は根本的には変わりませんので、アジアでの事業展開も可能性があると考えています。

    そのほか、電子図書館のLibrariE&TRC-DLや、自治体史や古文書をはじめとする史資料を機関ごとに公開するデジタルアーカイブシステム「ADEAC(アデアック)」にも期待しています。学習向けにそれらの活用が始まっていますので、教育機関でのデジタル化が進めば進むほど、どんどん広がっていくでしょう。

    これまでの40年で我々は、「図書館へものを販売する」「図書館を作る」「図書館を運営する」ビジネスモデルを構築してきました。ずっと図書館固有のビジネスだと考えていましたが、これからの10年で、社会とつながり、新しい市場、新しいパートナーを見つけることで、我々の事業をより広く汎用化できるのではないかと考えています。

    ―― 活字文化議員連盟・公共図書館プロジェクトが公共図書館についての答申を出しました。「図書マーク選択の多様性確保」や「図書納入の地域書店の優先」などを提言していました。事実上、TRCマークの寡占状態を批判し、図書の納入についても手を引けと言っているように受け止められます。彼らの提言に対して、お考えを聞かせてください。

    まず、この20年の間に売り上げが下がり続け、半減してしまった出版業界の凋落については、弊社としても大変な危惧を感じています。そしてその主因は、100年近く続いた委託販売制度の甘さによって、平均40%に近い書籍・雑誌の返品率から生ずる業界のコスト負担がすでに限界にきているためだと考えています。

    その中で、弊社が構築した図書流通の仕組み、すなわちあらかじめ顧客である図書館の購入数を予測し、その部数を出版社に事前に公開して在庫し、常に必要部数の適正化を監視しながら運用するシステムは、参考になるのではないかと考えました。実際この仕組みによって、当社の書籍返品率は10%前後に抑えられています。こういった類の「責任販売制」を社外にも推進していくことが業界の低迷を救う手段の一つではないかという考えから、昨年度より全国書店再生支援財団に年間上限1億円を寄付し、出版界への提言を委任しています。現在はPOSレジの普及など、より具体的に進展しているようですが、出版業界全体に活気をもたらすような施策を進め、これ以上書店数を減少させない取組みが緊急に必要だと考えています。

    弊社は創業時の設立趣意書に「出版界と図書館界の協力に基づき、現行の出版流通基盤を原則として尊重しつつ、主として公共図書館への新しい専門的流通システムを開発して流通コストを低減せしめ、その流通を円滑にすること」と掲げています。その趣意にのっとり、我々は40年間、他の会社と競争しながら、ビジネスモデルを少しずつ進化させてきました。

    我々の使命は、市場が期待していることに、これからもずっと実直に誠実に応えていくことだけです。

    (「新聞之新聞」2019年9月2日号より転載 ※一部編集)




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