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2011年に、俳優・向井理さん初の主演映画ということで話題になった映画「僕たちは世界を変えることができない。」が上映されました。大学生がカンボジアで学校を建てる青春奮闘記の本作の原作は、海外の訳書も含み累計10万部を超えるヒットを記録しました。
この原作の著者であり、映画「僕セカ」の主人公のモデルになった葉田甲太さんは、その後も精力的に活動。カンボジアのエイズの実態に迫ったドキュメンタリー映画を作成し、その活動を描いた『それでも運命にイエスという。』(小学館)を出版しています。
2冊の本を出版し、実写映画化もされ有名人になった葉田さんが次に挑んだ夢は「カンボジアに病院を建てる」こと。
11月22日(金)に発売された『僕たちはヒーローになれなかった。』では、「僕セカ」から8年経ち、有名人になったことで驕った葉田さんが、挫折しながらも進んでいく姿が描かれています。
大学を卒業した葉田さんは、メディアの取材や、トークイベントへ登壇するなど幅広く活動。一躍時の人となり「自分はもしかしたらすごい人なんじゃないか」と思いこむようになったそう。一方で病院勤務での忙しさから、一生懸命建てた学校にも1年に1度くらいの頻度でしか足を運べなくなっていました。
そんな時、久しぶりに訪問したカンボジアの村で起きたあることが葉田さんの心を揺らします。
2014年2月に小学校を訪れた際、村長から数日前、生後22日目の赤ちゃんが肺炎で亡くなったことを聞いた。
赤ちゃんのお母さんが、お墓の前で泣いている姿を見た時、「かわいそうだなー」と思ったと同時に「でも、僕には何もできないしなー」と思った自分にびっくりした。
ポキッ
心が折れる音が聞こえた。
(『僕たちはヒーローになれなかった。』P.10 より)
1人の赤ちゃんが亡くなったこと、それに対して「僕には何もできない」と感じた葉田さん。
「自分は何かができる」と思いカンボジアに行き学校を建て、カンボジアのエイズの実態を知ってドキュメンタリーを描いた葉田さんがこの考え方になったことに、葉田さん自身が愕然とします。
自分はなんでもできるヒーローではなかった。順風満帆のように見えた葉田さんにとって大きな挫折の瞬間です。
そんな時に、葉田さんはNPO法人で活動している川原尚行先生に出会い、「目の前の人になら、何かできるかもしれない」と考えるようになりました。葉田さんは「カンボジアに新しい病院を建てる」という新たな夢を掲げ、行動しはじめました。
葉田さんの新たな夢は、願っただけでは叶わない、学校を建てる以上の困難な道のりです。
しかし、目の前の人を助けようと必死に行動する葉田さんの姿に、仲間やNGO団体、クラウドファンディングによる支援者など周囲の人が動かされます。
僕は小さい頃、お医者さんになって、村を1人で救えるようなヒーローになりたかった。
だけどそれは違った。ヒーローになることが目的ではなかった。
自分より上手にできる人がいるなら、自分に能力が足りないなら、誰かに頭を下げてでも、見たい景色、笑顔を見る。
それが夢であり、生きる目的だった。
(『僕たちはヒーローになれなかった。』P.124 より)
本書には、読んだ人を後押ししてくれるような魅力があります。
泥臭く、ボロボロになって行動する葉田さんは、1人でなんでもできるヒーローではありません。だからこそ、読んでいると共感でき、「自分にも何かできるかもしれない」という気持ちが沸いてきます。