'); }else{ document.write(''); } //-->
1987年に創刊した田舎暮らしを実現させるライフマガジンであり、2021年4月には「田舎暮らしの本Web」を開設した月刊誌「田舎暮らしの本」。
コロナ禍で、田舎でのスローライフには、これまで以上に幅広い層からの興味・関心が集まっています。13年にわたって、その移り変わりを見てきた同誌の柳編集長に、人々の志向の変化と読者への思いについて、エッセイを寄せていただきました。
地方移住、田舎の安い家、自治体の移住支援策、自給自足、古民家リノベ、郷土食―。今、田舎暮らしに関連するコンテンツを目にしない日はない。私が本誌に戻ってきた2008年とは隔世の感がある。
当時はシニア世代の移住者が中心で、「職員は地元のために汗を流すのが仕事のはずなのに、なぜ長年都会で暮らしてきた人のために職員が働くのかと、市民からクレームが来るんです」とこぼす自治体職員もいたが、今では考えられない。支援策を充実させ、働き盛りの世代を中心に7年連続で社会増(人口流入数引く人口流出数がプラス)を実現している大分県豊後高田市の例もある。
2020年春に始まったコロナ禍で、田舎暮らしに対する読者のスタンスは、大きく変わった。より正確には、コロナ禍以前の2019年の秋ごろ、ちょうど消費税が10%になったあたりから関心の高まりを感じていたが、コロナ禍でそれが加速した。2020年の11月に本誌が全国の自治体を対象に実施したアンケートでは、移住相談件数、移住者数ともに前年比で増加傾向が顕著だった。
田舎暮らしのライフスタイルに共感する人が増え、情報格差がなくなり、ネット通販が浸透し、リモートワークが広がり、コロナの感染リスクが低い地方での暮らしは、輝きを増している。今、自分の畑を持つことは憧れであり、地方移住は感度の高い人が選ぶ選択肢になった。遅れていると見られていた地方での暮らしは、先端のライフスタイルだ。
愛知県の鉄道会社に勤務していた23歳の男性は、地域おこし協力隊として釧路市へ移住した。コロナ禍で閉塞感の増す職場で、自分が本来やりたかったことを見つめなおしての選択だった。
千葉県から長野県宮田村に移住した40代の女性は、以前から大自然の中での暮らしを望んでいたが、長期化の兆しを見せるコロナ禍に背中を押されて、受け入れ体制の整った自治体に連絡を取ったと語った。
リモートワークの増加を機に、杉並区から神奈川県二宮町に移住した30歳の男性は、駅から自転車で20分のリノベーション団地に暮らしていた。
景気が悪化して田舎暮らしに光が当たる傾向は、リーマンショック後にも見られたが、健康不安も伴うコロナ禍では、その影響がより鮮明だ。山の中の一軒家に夫婦で長年暮らす移住者に「病院が遠くて不便は感じませんか」と尋ねたら、「長年、風邪もひいていないから」と言われたが、過疎地で感染症が少ないのは当然。コロナ禍で戦々恐々とする我々都市住民との温度差は大きい。
高齢者が多い地方ほどワクチンの接種率が高い傾向にある。感染リスクが低いので行動の制約も少ない。都市部で自由に遊べない若い世代にとっても、うらやましい環境だ。
コロナ禍に入り、自治体はオンラインでの移住相談を一気に強化した。個別にたっぷり時間をかけて移住希望者の要望に耳を傾け、スマホ片手に庁舎を飛び出した職員が、ライブでまちを案内したり、空き家見学を実施したりすることもある。Zoom飲み会では、事前に参加者に届けた自慢の地元産品に舌鼓を打ちながら、他の移住希望者や先輩移住者と交流を深める姿が見られた。コロナ禍の終息に伴い、そうして培った絆が、移住者数に反映されてくるだろう。
本誌は2021年4月に「田舎暮らしの本Web」を立ち上げたが、PVの伸びに戸惑うほどだ。物件紹介、移住者リポートが人気コンテンツで、アクセス数には通勤時、昼休み、帰宅時と3つの山がある。コロナ禍の通勤電車や職場で、あるいは在宅勤務のパソコンの前で、食い入るように本誌に目を走らせる姿を思い浮かべ、媒体としての使命を改めて胸に刻んでいる。
宝島社「田舎暮らしの本」編集長
柳 順一 YANAGI Junichi
1969年、神戸市生まれ、1993年宝島社入社。「田舎暮らしの本」、パソコン本、「別冊宝島」を経て2008年6月より現職に就任。
(「日販通信」2021年11月号「編集長雑記」より転載)