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  • 真珠湾攻撃が“宣戦布告なき奇襲”になった本当の原因とは?『通信の世紀』著者に聞く

    2019年03月23日
    知る・学ぶ
    日販 ほんのひきだし編集部 芝原
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    2018年11月に刊行された大野哲弥さんの『通信の世紀』(新潮社)は、明治4年に1本の海底ケーブルとつながることから始まった、150年にわたる日本の「通信」の歴史をまとめた書籍です。

    本書の特徴は、日本の近現代史を通信の技術的側面のみならず、政治・外交といった国家戦略との関係を含め総合的に解説している点。

    なかでも、第四章「そして対米最終通告は遅れた」では、当時の暗号電報の詳細な分析から、太平洋戦争の真珠湾攻撃が“宣戦布告なき奇襲”になってしまった真の原因に迫っており、注目を集めています。

    これまで、「外務本省から電報を受け取った在米日本大使館員の怠慢が開戦通告遅延の原因」というのが通説とされてきましたが、大野さんはどのような結論に至ったのでしょうか?

    通信の世紀
    著者:大野哲弥
    発売日:2018年11月
    発行所:新潮社
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784106038341

     

    外務本省による目的合理性に欠けた暗号電報

    ――本書『通信の世紀』では、通信史の一環として暗号史について詳細に述べられています。そのなかでも論争を呼ぶテーマに、1941年12月の日本による対米最終通告が、真珠湾攻撃開始後になってしまった問題があります。外務本省から電報を受け取る在米日本大使館員の怠慢が通告遅延の原因とされてきましたが、大野さんは本書でこの通説に疑問を呈されていますね。

    通告遅延の問題を大使館側だけに押し付けるのは誤りで、むしろ外務本省側の責任が大きかった、と私は考えています。

    米国に対して交渉打ち切りを伝える「対米最終覚書」(第902号電、以下「覚書」)は長文だったため、14本の暗号電報に分けられました。

    在米日本大使館には、13本目までは米国国務省に通告する前日に届きましたが、最後の14本目だけは当日の朝に到着しています。結論部分の機密が大使館から漏洩することを、外務本省が恐れたからでしょう。

    この覚書の浄書(起案文書を照合し、正式な文書として確定させること)がすぐに行なわれなかったことや、米国が大使館より早く暗号を解読していたことが戦後にわかり、大使館員の無規律と怠慢が長年、指摘されてきました。しかし、本当に大使館員だけの問題だったのか。

    ――どういうことでしょうか。

    外務本省側の責任については、大きく2つ指摘できます。

    1つ目に、暗号電報の形式的欠陥です。そもそも2400ワードで14本にも及ぶ「覚書」は、暗号電報として長すぎます。交渉打ち切りを伝える肝心な文章が最後にきており、目的合理性に欠けた電報といわざるをえない。

    外務本省が「覚書」13本目までに、米国の交渉姿勢を批判する長文の電報を送ったのは、日本の中国・仏印からの完全撤退や三国同盟の無効化などを求めた「ハル・ノート」に対して、そうとうな屈辱を感じていたからでしょう。

    電報の形式においては、文中の日付が日本時間なのか米国現地時間なのか定かではないものも紛れており、訂正電報で無駄な手間を取られることも少なくありませんでした。

    2つ目は、送付電報の優先順位が大使館側に明確に伝えられなかったことです。

    当時の外務省では、電報の優先順位が高い順に「緊急(extremely urgent)」「大至急(urgent)」「至急(priority)」と位置付けられていました。

    ところが外務本省は、電信係員にとって優先度が明確ではない「very important」という用語を「覚書」14本目に使い、大使館職員に対する慰労電報を2本、最繁忙期に「大至急」指定で打電しました。不要不急の電報により、現場の解読作業は数時間遅れてしまいます。

    ――なぜ外務本省は、本来は用いない「very important」という用語を使ったのでしょうか?

    暗号電報の責任者であった外務省の亀山一二電信課長には、「この電報が届かないとまずい」という恐怖感があったのだと思います。

    もし大使館側から何か問い合わせがあっても対応する時間がない、との焦りから、念押しするために「very important」という用語を使ったのでしょう。

    しかし結果的に、電報本文冒頭が「緊急」あるいは「大至急」でなかったため、大使館側の電信係員が普通電として取り扱い、解読を後回しにしてしまった。

    外務本省と大使館間のコミュニケーションを、明確なシステムとして確立できていなかったことが、最悪の事態を生んでしまったのです。

    ※本記事は、PHP研究所発行の雑誌「Voice」2019年4月号(3月9日(土)発売)に掲載されたインタビュー「著者に聞く 大野哲弥氏の『通信の世紀』」を一部抜粋したものです。全文は同誌4月号をご覧ください。

    Voice (ボイス) 2019年 04月号
    著者:
    発売日:2019年03月09日
    発行所:PHP研究所
    価格:780円(税込)
    JANコード:4910080590499

    大野哲弥(株式会社ライティング・アンド・ブレイン代表取締役)
    1956年、東京都生まれ。立教大学経済学部卒業、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。博士(コミュニケーション学/東京経済大学)。80年、国際電信電話株式会社(KDD)入社。退職後、放送大学非常勤講師などを歴任。著書に、『国際通信史でみる明治日本』(成文社)など。

     

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