'); }else{ document.write(''); } //-->
10月から11月にかけて、6つの大会が開催されてきた「2018/2019 ISUグランプリシリーズ」。その決勝大会となるグランプリファイナルが、日本時間の昨日12月7日(金)に開幕しました。
フィギュアスケートのシーズンはこれからが本番。12月21日(金)からは全日本選手権が始まり、年明け1月にはヨーロッパ選手権、2月に四大陸選手権、3月に世界選手権、4月に国別対抗戦と大きな国際大会が続きます。
グランプリファイナルこそ欠場するものの、五輪2連覇でますます期待と注目が集まっている羽生結弦選手や、グランプリシリーズNHK杯のフリーで2本のトリプルアクセルを完璧に決め、日本女子歴代最高得点の154.72点を叩き出した紀平梨花選手など、今後もトップ選手による名プログラムが生まれることは間違いないといっていいでしょう。
しかし「名プログラム」「名演技」とはいったいどのようなものか、その真髄は果たしてどこにあるのか、皆さんは明確な答えを持っているでしょうか?
もしそのうちひとつでも分かっていれば、フィギュアスケート鑑賞がこれまでよりずっと面白くなるはずです。
そこでこの記事では、答えを提示してくれる本を2冊ご紹介したいと思います。
その2冊はいうなれば、「スポーツライターはきっと書かないであろうマニアックな視点の解説」と「スポーツライターがちょっと変わった視点でプログラムの魅力を読み解いた本」。どちらかではなく、どちらも読んでいただきたい良書です。
1冊目は、今年1月に集英社から刊行された『羽生結弦は助走をしない』です。
著者の高山真さんは、38年間フィギュアスケートを追いかけてきた熱烈なファン。そんな高山さんは、本書のまえがきに次のように書いています。
フィギュアスケートの華は、ジャンプにある。
そうお思いの方も多いでしょうし、実際、得点配分が高いのもジャンプの要素です。羽生結弦ももちろん非常に難しいジャンプを跳んでいますが、私が羽生の演技にまず驚いたのは、「その難しいジャンプに、何を組み合わせているか」ということでした。
ジャンプの前後に「プラスアルファ」で加えているものが非常に多いのです。
ここでいわれている「プラスアルファ」は、演技構成点の5項目のうちの1つ「要素のつなぎ(トランジション)」にあたる部分です。
高山さん曰く、羽生選手は4回転を跳ぶときでさえ助走が非常に少なく、足を踏み替えたり、滑らかにターンを入れたりと、異常な密度のトランジションを行なっているのだそう。
「言われてみればそうかも……」と思った方も思わなかった方も、試しに平昌五輪ショートプログラムの演技を確認してみてください。
着目すべきは演技後半、2分02秒からのコンビネーションジャンプ。4回転トウループ+3回転トウループの内容を、ごくわずかな助走で、しかも直前に目まぐるしいターンの連続をこなしてから続けざまにジャンプし、着氷後も流れを止めずにステップシークエンスへ移行しています。
この異常なトランジションは、シーズン以外のプログラムでも随所に見受けられます。またトランジション以外にも、エッジのコントロールや音楽との同調、エアリー感のあるスケーティングなど、「羽生結弦選手のすごさ」は挙げればキリがありません。
高山さんは本書で、これらをきわめて仔細に解説しています。そしてその論は、解説にたびたび登場する「表現力」や「芸術性」とは何なのかという“そもそも論“にまで及びます。
『羽生結弦は助走をしない』を読めば、きっと彼の絶対王者たるゆえんが理解できるはず。
ちなみに本書では、宇野昌磨選手や、スペインのハビエル・フェルナンデス選手、宮原知子選手やエフゲニア・メドベージェワ選手など、羽生結弦選手以外のトップスケーターについてもしっかり言及されています。ひいきの選手がほかにいる方も、読んで損は絶対にしない一冊です。
2冊目は、プログラムに使われる楽曲自体にスポットライトを当て、くわしく解説した『氷上秘話』。2018年1月に東邦出版から刊行されました。
「楽曲からプログラムを読み解く」とは、どういうことなのでしょうか?
たとえば、荒川静香選手や宇野昌磨選手、本田真凜選手がプログラムに採用した「誰も寝てはならぬ」(オペラ「トゥーランドット」より)について、『氷上秘話』では次のように解説されています。
胸を抉られるようなユニゾンとともに面を上げる青年は、韃靼国の王子カラフである。神経を逆なでするヴァイオリンのハーモニックスが不穏な空気を際立たせ、最初のジャンプが時を切り裂く。舞台は古の都、北京。代官が民衆に御触れを読み上げるところから物語ははじまる。
本書ではこのように、楽曲が登場するオペラの物語や、作曲者のバイオグラフィー、作曲された当時の時代背景など、いくつもの視点から楽曲をとらえ、振り付けや演技構成と結び付けることで、プログラムの全体像の理解につなげていきます。
上記の引用部分を読んだうえで実際の演技を鑑賞すると、今までとは違った見方ができるはず。
せっかくなので、2017年グランプリシリーズ カナダ杯での宇野昌磨選手のショートプログラムを見てみましょう。演技は0分17秒から始まり、まもなく最初の要素である4回転ループが実行されると、空気が一気に変わったように感じられます。
また、このときの演技については、宇野選手が身にまとっている衣装についても言及されています。
宇野の纏う鮮やかな青と、そこに施された華麗な装飾は、タタール族の民族衣装を思わせる。タタールには、突き抜ける空のように彩度の高い、「タタールブルー」と呼ばれる色がある。煌びやかな文様は、遠くギリシャからシルクロードを経てアジアに伝えられた唐草だ。ところどころ抜きでシースルーになっているのが素晴らしい。
演技構成だけでなく、衣装までもがプログラムの一部であることがよく分かります。そういう意味では、フィギュアスケートはまさに「総合芸術」といえるのではないでしょうか。
冒頭にも書いたとおり、フィギュアスケートのシーズンはこれからが本番です! 今回紹介した2冊が与えてくれる知見をもとに、ぜひ世界の選手たちが披露するプログラムを奥深くまで味わってみてください。