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多摩川の河川敷で未成年者3人が13歳の少年を殺した「川崎中1男子生徒殺害事件」。12月15日(金)に発売された石井光太さんの『43回の殺意』は、その事件の深層に迫る、著者初の少年事件ルポルタージュです。
この事件の取材を通じて石井さんが痛切に感じ、明らかにしたかったのは、どんなことだったのでしょうか。本書に込めた思いについて、石井さんにエッセイを寄せていただきました。
2015年2月20日、神奈川県川崎市の多摩川河川敷で13歳の少年の全裸遺体が発見された。事件から1週間、逮捕されたのは17歳と18歳の未成年3人。彼らがたった1時間のうちに、カッターの刃が折れてもなお少年を切り付け負わせた傷は、全身43カ所に及ぶ。そこにあったあまりに理不尽な殺意、そして逡巡。立ち止まることもできずに少年たちは、なぜ地獄へと向かったのだろうか――。著者初の少年事件ルポルタージュ。
2015年2月、川崎区の多摩川の河川敷で、中学1年の上村遼太君が全身43カ所をカッターで切られて殺された。1週間後に捕まったのは、17歳から18歳の少年3人。
この事件は、「川崎中1男子生徒殺害事件」として大きく報じられた。
事件取材をはじめた当初、犯人の少年たちは極悪非道な不良のように報じられていた。だが、取材を進めていくにつれ、まったくちがう姿が浮き彫りになった。
少年たちは不良にいじめられ、不登校になっていた者たちばかりだったのだ。2人はアジア系のハーフであり、1人は発達障害の疑いがあった。
彼らは親から虐待を受けたり、向き合ってもらえなかったりしたことで、家庭にも居場所を失っていた。それでイトーヨーカドーのゲームセンターで時間をつぶす中、同じ境遇の者たちとつるみはじめる。
これは被害者となった遼太君も同じだった。川崎のマンションでシングルマザーの母親と4人のきょうだいとともに暮らしていた。だが、中学1年の頃から、マンションに母親の恋人が同居するようになる。
思春期の遼太君にはマンションが居場所と感じられなくなったのかもしれない。彼は中1の2学期から家に帰らず、加害少年たちと遊びはじめる。
不遇な家庭で育った少年たちは、相手を信頼するとか、友情を育むといったことを知らなかった。ゲームとアニメといったその場かぎりの娯楽だけでつながっていた。
だからこそ、「ある出来事」が起きた時、少年たちは友人を友人と思えず、感情を抑える術も知らぬまま、集団心理に駆られてカッターで全身43箇所を刺して殺すという残虐な行為に出てしまう。
少年たちがどんな問題を抱えていたのか、なぜ少年たちの暴走を止められなかったのか。誤解のなきよう、細かなことは『43回の殺意』を読んでいただきたい。
ただ、取材をしていて痛切に感じたのは、加害少年たちは決して獣のような凶悪な人間ではなかったということだ。
家庭環境、学校、同級生、社会など、彼らの周りには様々なマイナスの要因があった。結果としてそれらが、不登校でいじめられっ子だった少年たちを精神的に極限まで追い詰め、鬼畜の所業のような殺人事件を起こさせてしまったのだ。
マスコミの事件報道は、起きたことの表面をなぞることしかしない。一方、事件ルポというのは、事件が起きた背景をきちんと明らかにして、再発防止のための社会の教訓となるものだと考えている。
私が本書で明らかにしたのは、少年たちを稀に見る残忍な殺人事件に追いやった社会的要因である。
社会には殺人装置となる要因が無数に存在する。私たち大人は、それらから目をそらして放置することもできれば、正視して修正することもできるはずだ。
願わくば、『43回の殺意』という事件ルポが、多くの大人に事件を直視させ、再発防止のきっかけとなればと願っている。それが大人の責任だと考えるからだ。
石井光太 Kota Ishii
1977年、東京生まれ。国内外を舞台にしたノンフィクションを中心に、児童書、小説など幅広く執筆活動を行っている。主な著書に『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『遺体』『浮浪児1945─』、児童書に『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』『幸せとまずしさの教室』『きみが世界を変えるなら(シリーズ)』、小説に『蛍の森』、その他、責任編集『ノンフィクション新世紀』などがある。
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