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  • 『性(セックス)と宗教』|キリスト教、仏教、イスラム教……人間の性の欲望と戒律をめぐる謎を解き明かす1冊

    2022年03月21日
    知る・学ぶ
    草野真一:講談社BOOK倶楽部
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    性と宗教
    著者:島田裕巳
    発売日:2022年01月
    発行所:講談社
    価格:968円(税込)
    ISBNコード:9784065268476

     

    愛と死、そして世界を知る

    夢枕獏先生が完結までに四半世紀を要した代表作にして大長編「サイコダイバー・シリーズ」は、人里はなれた山中で多数の男女が乱交パーティーを繰り広げる様子を描写することからはじまっています。ある教団の宗教儀礼でした。

    これはむろんフィクションですが、根も葉もないことではありません。本書でもとりあげている『理趣経』という経典は、現在でも真言宗や天台宗で大切なものとして扱われていますが、その内容をひどく雑にひとことで要約するならば「セックスの快楽はさとりの境地である」になります。乱交パーティーと近しい考え方だととらえられても致し方ないところがあると言えるでしょう。実際にその教義を実践しているとして幕府の弾圧を受けた教団もありました。
    ちなみに、この経典をインドから持ってきて中国のことばに翻訳したのは、『西遊記』に登場する三蔵法師――玄奘三蔵です。唐の時代のことでした。

    セックスと宗教には、切っても切れない関係があります。本書は、それをテーマとして、世界のあらゆる宗教を考察しています。そこにはもちろん、日本で独自の発展を遂げた仏教や神道もふくまれています。

    人の懊悩は煎じ詰めれば愛と死のふたつに集約されるといいますが、そのいずれにもセックスは深く関係しています。セックスをすることは愛の終着点のひとつであり、同時に子をなすこと=みずからの死にもかかわっています。挑戦的なタイトルからいささかゴシップ的興味を抱いてしまう読者も多いと思われますが(かくいう自分もそうでした)、すべての宗教を概観するにあたってこれほど適当なテーマもありません。世界のさまざまな宗教を紹介する書物はいくつもありますが、この視点から眺めることで、あらゆる宗教を同じ地平から見渡すことができるのです。
    キリスト教原理主義がアメリカ大統領選に大きな影響を与えていることは周知の事実ですし、日本もまた、政権与党に宗教団体を支持母体とする政党を戴いています。宗教を知ることは世界を知ることであり、本書はその最良のガイドブックであると言えるしょう。

     

    なぜ聖職者は結婚してはならないのか

    キリスト教と仏教に共通しているのは、聖職者の妻帯が禁じられてきたことです。キリスト教においては、カトリック教会と正教会で聖職者に独身が求められてきました。カトリック教会では近年、聖職者による性的虐待の問題が起こり、バチカンはその問題で社会的に追及されていますが、独身制を崩そうとはしていません。

    漫才コンビのナイツがマイケル・ジャクソンを話題にして、「彼は少年をベッドに連れ込んでアオ!なことをしてた」と語って笑いにしていましたが、マイケルは勝訴してそんなことはしてないと立証されたものの、カトリックの聖職者はじっさいにアオ!なことをしていました。それは世界中で問題視され、なかには獄中死した聖職者もあったにもかかわらず、その大きな要因のひとつだろう独身制を変えるにはいたっていません。

    現代日本では僧侶が妻帯肉食飲酒するのは当たり前になっていますから実感がわかないかもしれませんが、もともと仏教では僧侶が結婚することを禁じていました。
    梅原猛さんが嘆かれていました。どこの宗派も浄土真宗のマネして妻帯するのが当たり前になってるけど、ひとつぐらい仏教の教えを貫く宗派があってもいいじゃないか。妻帯しないことは重要な教えじゃないか。(修辞は筆者による)

    本書は、どうしてそうなったのか、その理由についても述べています。さらに、仏教やカトリックがなぜ妻帯を禁じたのかについてもふれています。表面的な理由は簡単で、聖書も仏説も姦淫するなと説いているからですが、ではどうしてそう説かねばならなかったのでしょうか。
    この問題をここまで深く掘っている書物はすくなく、本書の重要な特徴のひとつになっています。

     

    宗教の終焉

    著者の島田裕巳先生を、オウム真理教の擁護者として記憶している人も多いかもしれません。その記憶は誤りではありませんが、先生はオウムによって自宅マンションを爆破されており、じつは被害者でもあります。
    本書でも、ヨーガ行者としての麻原彰晃(オウム真理教の教祖)について言及しており、オウム真理教を宗教の流れの中に位置づけようとしています。麻原を単なる犯罪者と見なしてしまっては事件の本質を見誤ってしまうんだ、という納得のいく主張がそこにはあるといえるでしょう。

    本書は、そういう人が、世界の宗教各派さらには新宗教までを「セックス」を切り口に概観した本です。くりかえしになりますが、世界の宗教に関してのガイドブックとしてもっとも優れたもののひとつになっています。
    そして――これはとても重要なことですが――この本は「宗教の終わり」について述べた本でもあります。すこし長いですが引用しましょう。

    この本で見たように、性についてのそれぞれの宗教の考え方も男性中心であり、女性を低く考えるところで共通しています。そうした宗教が、現代になって衰退の局面に入ってきているのも仕方のないことかもしれません。宗教はその形を崩し、根本的な刷新を行うことはできないものなのです。
    性についてのあり方、考え方は、それぞれの宗教が生まれた時代とは大きく変わってきています。より自由になったこともあれば、規制が厳しくなったこともあります。同性愛についてなど、現代のほうがはるかに規制され、差別されていたりもします。
    人間の特異な性のあり方が、宗教という、人間だけにみられるものを生みました。だからこそ、宗教は人類の起源とともに生み出されたのです。
    そして、人間は、宗教の力を借りることで性をコントロールしてきました。しかし、現代の性のあり方は、すでに宗教がコントロールできるものではなくなっているのかもしれません。
    性と切り離された宗教は綺麗事になるかもしれませんが、本質的なものではなくなっていきます。私たちは今、重大な岐路に立たされているのです。

    (レビュアー:草野真一)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2022年3月2日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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