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  • 健康寿命を延ばし、よりよく生きるために知っておきたい「オートファジー」をわかりやすく解説した1冊!

    2022年03月12日
    知る・学ぶ
    花森リド:講談社BOOK俱楽部
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    生命を守るしくみオートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム
    著者:吉森保
    発売日:2022年01月
    発行所:講談社
    価格:1,100円(税込)
    ISBNコード:9784065268087

     

    細胞の守護神があきらかになるまで

    健康寿命を延ばそう、よりよく生きよう、そういう気持ちで『生命を守るしくみ オートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』を手に取ってもいい。実際とても心強い本だ。未来が楽しみになる。

    同時に、胸が躍る本でもある。1950年代に発見され、長い長い暗黒時代を経て2016年にノーベル生理学・医学賞の対象となったオートファジーとは、どんなしくみなのか。オートファジー研究のトップランナーである吉森保先生による解説はどれもわかりやすく頭にすんなり収まる。私はそれを肉眼で見たわけじゃないのに、オートファジーのはたらくさまがイメージできる。

    そしてオートファジーを解き明かした研究者たちの物語としても本書はとても楽しかった。電子顕微鏡は誰でも扱えるものではなく技術者の腕が非常に大切であることや、別の分野の研究者との運命的な出会い。細胞の世界もおもしろいが、人間の世界もおもしろいのだ。ブルーバックスを読んで思わず声を出して笑ってしまったのは初めての経験だった。

    なぜ我が家のアヒルまで一緒に記念撮影しているかについては、本書のなかにある「コラム 役に立つアヒルの話」を読んでほしい。

     

    酵母でも人間でもオートファジーが起きている

    本書の舞台はひとつの細胞のなか。そこがどんな世界であり、その細胞内の輸送システムの一部である「オートファジー経路」がどんなものであるかの解説から始まる。

    ひとつの細胞のなかには膜でできた袋(オルガネラ)がたくさん詰まっている。生物の授業を思い出してください。「ミトコンドリア」や「ゴルジ体」っていましたよね。

    我ら真核生物の細胞の複雑さ。見るからに忙しそうだ。細胞の中ではいろんな化学反応が起こっている。

    そして、細胞の中身を、分解酵素が入っている「リソソーム」という袋にまるっと渡す一連の流れをオートファジーという。こんな感じ。

    まるっと包んでオートファゴソームとなって、リソソームとくっついて完了。くっついたあとは、リソソームの中で分解される。

    例えば、タンパク質はアミノ酸に分解され、そのアミノ酸は再利用される。つまり、オートファジー経路はリサイクルシステムになっているのだ。
    オートファジーについて、隔離膜やオートファゴソームは清掃車のようなもので、細胞の中のごみを集めてごみ処理工場であるリソソームに運んでリサイクルすると説明されることがある。しかし、隔離膜やオートファゴソームはごみだけを集めるのではなく、そこにあるものを何でも包み込むので、普通の清掃車とは少し違う。ただし私は、オートファジーには分解するべきものを選んで取り込む機能もあることを見つけた。

    たとえ話がわかりやすい。たとえ話の親切さは本書の大きな魅力のひとつだ。
    しかもオートファジーは分解するべきものを選んでいる! 前半からさっそく面白い。

    オートファジーが見つかったのは1950年代。そこからオートファジー研究は暗黒時代に入る。まず、まるっと包んだあとに出来上がるオートファゴソームを取り出すのが困難。そしてなんとか取り出せたとしても、オートファゴソームの中身の解析が進まない。

    ブレイクスルーが起こるのは発見からおよそ30年後。大隅良典先生が酵母の細胞を使って遺伝学の手法で研究した結果、やっとオートファジーの詳細なしくみと役割がわかるようになったのだ。そして吉森先生は哺乳類のオートファジーを研究するべくチームに加わった。真核生物ならば人間も酵母もみんな等しくオートファジーのお世話になっている。舞台はひとつの細胞のなかだけど、だからこそ世界はうんと広い。地続きのイメージがとても楽しい。

     

    オートファジーと式年遷宮

    たとえ話のわかりやすさは本書の大きな魅力のひとつと書いたが、もうひとつ、視界が一気にクリアになった解説を紹介したい。

    オートファジーには大きく3つの機能があり、ひとつ目は「栄養源の確保」。飢餓状態を凌ぐための生命維持装置として働く。そして2つ目が「代謝回転」で、3つ目は「免疫システム」。この3つの機能のうち、代謝回転がすごく不思議だった。そもそもエネルギーを使ってまで、なぜぐるぐるとサイクルをまわさないといけないのか。吉森先生の解説はこうだ。

    オートファジーによる細胞の代謝回転を説明するとき、ギリシャのパルテノン神殿と日本の伊勢神宮をよく例に出す。どちらも2000年以上前から存在している建物だ。パルテノン神殿は頑丈な石でできているが、あちこち崩れている。伊勢神宮は木でつくられ屋根は茅葺(かやぶ)きであるにもかかわらず、ピカピカだ。これにはトリックがある。伊勢神宮は式年遷宮といって20年に一度すべてをつくり替えているのだ。(中略)オートファジーによる細胞の代謝回転は、伊勢神宮の式年遷宮とよく似ている。

    2013年の式年遷宮のときに「これは一体なんなんだろう?」と興味津々だった。そうか、つくり替えているから、2000年以上前からある場所なのにいつもみずみずしいのか。

    伊勢神宮の式年遷宮と同じように、細胞の中は新旧の物質が入れ替わっているが、全体としては変化しておらず恒常性が保たれている。これを動的平衡という。第1章で、生命の重要な特徴として階層性を挙げた。動的平衡は、もう一つの生命の重要な特徴である。その動的平衡を支えているのが、オートファジーなのである。(中略)
    オートファジーが担うのは、細胞内の成分の入れ替えである。(中略)この細胞内部の代謝回転は、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞のように一生の間にほとんど入れ替わらない細胞ではとくに重要である。

    最後のくだりで「あっ」となる。ごみ処理工場と例えられたリソソームも一緒にここで思い出す。

    オートファジーは細胞の生存や恒常性の維持に欠かせない守護神のような存在であり、オートファジーの異常は疾患に直結する。

    タイトル通り、オートファジーは「生命を守るしくみ」だった。

     

    親の気分でタンパク質の名前を考える

    私が思わず声を出して笑ってしまった部分もぜひ紹介させてほしい。オートファジーを研究するみなさんの人間的な魅力がつまっている。

    2009年に、吉森先生はあるタンパク質を新たに発見した。オートファジーの機能を抑制するタンパク質で、名前をルビコンという。オートファジー研究がいよいよ医療の世界に羽ばたくうえで重要な役割を担っているタンパク質だ。

    新しく発見された遺伝子やタンパク質の命名権はその発見者にある。吉森先生はかねてよりアルファベットと数字を組み合わせただけのタンパク質の名前を味気なく残念に思ってきた。

    ルビコンの場合は、まだ誰も名前を付けていない新発見のタンパク質で、しかも酵母Atgのホモログではないので、自由に命名できた。長いこと研究していて初めて訪れた機会だ。ものすごく張り切って名前を考えた。子供が生まれたときの親の気分である。

    ああよかった。いい話ですね……と思っていたら、なんと同じ時期にそのタンパク質を発見したチームがいたのだ。学術誌に論文を載せるためには、どちらかの名前に統一しなければならない。しかも先方がつけた名前は、アルファベットと数字を組み合わせたもの。味気ない!

    私たちは、こちらの名前には意味があるからルビコンにしませんか、と主張した。一生懸命考えた、お気に入りの名前だ。当然、私たちは変えたくない。

    ですよね。ルビコンってすごくいい名前なんですよ。タンパク質の働きとローマの歴史を重ね合わせたスケール感ある名前で、由来もしっかりしている。これなら先方だってきっと納得するはず……?

    すると相手は、意味がある名前ならばいいのかと、ドメインの名称の並び順を変えて、「ラックビー(Rucbi)」を提案してきた。意味を尋ねると、ラグビーに似ているからという。タンパク質の機能には何の関係もなく呆れたが、双方まったく譲らなかった。

    ここは何度読んでも笑ってしまう。大好きな章だ。

    最初から最後までずっとワクワクする本だった。そう、無性にワクワクするのだ。長らく停滞していたオートファジー研究が新境地にたどり着いた瞬間も、オートファジーのしくみも、ビジネス展開も、どれも軽やかで楽しい。そして、これから先の話すら待ち遠しいのは、どのページからも研究者のこんな姿勢が伝わってくるからだと思う。

    「役に立つか立たないかわからない研究が尊い」。これは、大隅先生の言葉である。私も同感である。研究の善し悪しは、役に立つか立たないかではなく、ワクワクするかどうかで決まるのだと思う。そして歴史的に見ても、役に立つか立たないかわからない研究が大いに社会に役立つイノベーションにつながった例は、枚挙にいとまがない。オートファジーは、その典型的な例ではないだろうか。

    (レビュアー:花森リド)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2022年2月22日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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