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  • 「孤独の解消」人生のミッション 分身ロボットOriHimeを開発した吉藤オリィの挑戦

    2021年12月16日
    知る・学ぶ
    佐藤智:サンクチュアリ出版 WEB MAGAZINE
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    小学校5年生から延べ3年半にわたり不登校を経験し、その痛烈な孤独の体験から「孤独の解消」を人生のミッションに掲げた吉藤オリィさん。2010年に分身ロボットOriHimeを開発し、2021年にはそのOriHimeと120cmでものを運ぶことなどができるOriHime-Dで接客をする「分身ロボットカフェDAWN(ドーン)Ver.β」を日本橋にオープンさせた。

    今回発売された著書『ミライの武器 「夢中になれる」を見つける授業』(サンクチュアリ出版)には、特に若い世代に向けた未来を切り拓くヒントが綴られている。オリィさんの半生と、現在の挑戦を追った。

    画像吉藤オリィ
    1987年、奈良県生まれ。株式会社オリィ研究所 代表取締役所長。小学校5年から中学校2年まで不登校を経験。工業高校にて電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECにて文部科学大臣賞、ならびに世界最大の科学大会ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。その際に寄せられた多くの相談と自身の療養体験がきっかけとなり、「人間の孤独を解消する」ことを人生のミッションとする。 その後、高専で人工知能の研究を行い、早稲田大学創造理工学部へ進学。在学中に分身ロボットOriHimeを開発し、オリィ研究所を設立。著書に、『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)、『サイボーグ時代』(きずな出版)、『ミライの武器  「夢中になれる」を見つける授業』(サンクチュアリ出版)がある。

     

    人生のミッションは「孤独の解消」

    ――「分身ロボットカフェDAWN(ドーン)Ver.β」に行ってきました! 寝たきりなどの外出困難な方々が遠隔で分身ロボットOriHimeやOriHime-Dを操作して、接客してくださいました。このカフェはオリィさんのミッション「孤独の解消」の実証実験の場なのですよね?

    画像▲寝たきりや外出困難になっても、仲間と共に働ける世界初のカフェ。2021年6月、東京日本橋にグランドオープンした。

    そうです。私は小学5年生の頃から学校にいきにくくなり、中学校に入ってひきこもりました。何もする気力が湧かずただただ天井を眺める日々を送っていたんです。その時に感じた痛烈な孤独体験から、テクノロジーの力で孤独を解消しようと決意したんです。

    ――不登校の時は、どんなことを考えていたのですか。

    もともと体調不良で2週間ほど休んだのがきっかけで、学校に行きにくくなり、不登校になりました。だから、「なんで体は1体しかないのだろう。2体、3体とあれば自由に動けるのに」と思っていました。

    画像

    ――オリィさんが開発した「分身ロボット」の発想につながりますね。ちなみに、再び学校に行くきっかけは何だったのですか。

    両親が「学校に行かなくてもいい」と期待値を下げて、「子どもが元気そうにしているのが親にとって一番大事」と伝えてくれたことで気持ちが楽になりました。あとは、私が夢中になれるものを一緒に探してくれたことですね。

    ――その時は、何に夢中になったのですか。

    「虫型ロボットコンテスト」を母親が申し込んでくれて、地域の大会では優勝。全国大会では準優勝したんです。思えば、ロボットを開発する楽しさに出会った瞬間でした。

    ――いきなり全国準優勝ですか! すごいですね。

    いや、私は悔しかったんです。その場で、「くそぅ!」と拳を握りしめたほどでした。でも、結果的にこの挑戦があったから、後に「師匠」とあおぐ工業高校の久保田先生と出会うことができました。先生に弟子入りするという目標を達成するために、受験勉強を始めました。

    「この研究のために生まれてきた」というものを見つける

    ――オリィさんは不登校の時代に夢中になれるものに出会ったんですね。でも、「自分が何が好きなのかわからない」という人も多いですよね。

    中学校の頃、忘れられないことがあります。不登校で中1、2年生をほとんど休み、中学3年生で受験勉強のために学校に戻ると、ほとんどの子が理科嫌いになっていたんです。私が不登校になる前の小学校4年生の頃は、フラスコの水が沸騰するのを観察するだけでみんなあんなにワクワクしていたのに、私が学校にいけなかった間にいったい何があったんだと今でも謎です(笑)。

    小さい時にはみんなが持っている好奇心は、いつの間にか失われていくのかもしれません。

    ――誰もが子どもの頃は好奇心を持っているのに、次第にそれを失ってしまっている……。だとすれば、本来持っている自分の好奇心に気づくことができれば、すごいパワーを発揮するのかもしれませんね。

    そうだと思います。高校の時に、ISEF(International Science and Engineering Fair)という80以上の国や地域から約1,800人の高校生が参加して科学の自由研究を競い合う世界大会に出場しました。そこで「俺はこの研究のために生まれてきた」と語る高校生たちと出会ったんです。

    画像画像

    ――まさに好奇心に従って生きていますね! オリィさんは彼らに出会ってどのようなことを感じたのですか。

    「この研究のために生まれてきた」というものが見つかれば、これから死なないための理由を探す必要がなくなると気づいたんです。

    ――死なないための理由、ですか?

    私は昔から学校の勉強など、「なぜやっているんだろう」と目的がないと納得できないし頑張れないタイプだったんです。それは生きることに関しても同様です。ISEFでの体験から、「私は何をやりたいのだろう?」と自分と向き合いました。当時は車椅子の開発をしていたのですが、「楽しいけれど、これは一生は続けられない」と思いました。

    そして、不登校時代の自身の孤独を思い出します。「人間の孤独が解消されていないのは、まだその福祉機器がないだけなのではないか」と考え、「孤独の解消」を人生のミッションにしたのです。




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