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  • 20年間無敗の雀鬼の“人間観察力”!『マンガでわかる人を見抜く技術』

    2021年03月06日
    知る・学ぶ
    中丸謙一朗:講談社BOOK倶楽部
    Pocket

    マンガでわかる人を見抜く技術
    著者:桜井章一 森元さとる
    発売日:2021年01月
    発行所:講談社
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784065211113

    桜井章一。この名は「あるカテゴリー」の人たちにとって、神と同義語である。

    組織を背負った真剣勝負「代打ち」で20年間無敗、伝説の雀鬼として、麻雀界のみならず、世の「麻雀ばっかり」学生たちの間で、その名を轟かせていた。学校にまでたどり着かず、大学近くの雀荘に入り浸っていた私なども、彼の神話を聞き及び、少なからずその影響を受けた若者のひとりであった。

    彼は美意識の人だった。上がり方にこだわり、牌の捨て方にこだわり、そして、雀士、いや人間としてのスタイルにこだわった。勝手なイメージかも知れないが、年下の若輩者の私にはそう見えた。

    正直、近年は麻雀と縁遠くなり、(お恥ずかしながら)伝説の雀鬼の引退後の活躍ぶりは知らなかった。彼は麻雀で培った「人間観察力」を活かし、自己啓発の世界でいくつもの著作を残していた。

    本書もその一部である。本書は、2009年に刊行された同タイトルの作品から抽出した選りすぐりのエッセンスと新たに描き下ろした読みやすいマンガで、現代版に再編集した最新作である。

    読み物としてのマンガを導入部分とし、何気ない日常の会話から相手の人物像を見抜く「桜井章一劇場」が進行していく。

    彼の表現を借りると、「我々は“企(たくら)み”の空の下で生きている」。

    社会のさまざまな分野でのシステムが複雑化し、社会全体が人を「だまし」にかかっている。だから、自分の本能に近い「自然体」で、人や物事を「捌く」という感覚を持つことが重要だという。

    人や物事は使う使わないではない、捌く捌かれる、これが著者の優しさだ。

    会社の部下をどう捌くか、自分の子どもをどう捌くか。まわりの人間の捌き方がうまくなれば、自分自身の捌かれ方も当然よくなる。子どもには子どもの捌き方があるし、青年には青年の捌き方、老人には老人の捌き方、女性には女性の捌き方、それぞれにちゃんと扱い方があるのだ。

    そのための「人間観察力」を、彼はこう解く。

    人が人を観察するというのはたいしたことではない、(中略)人が人を見るとき、そのほとんどは自分の思考や価値観、そして体験値といった“モノサシ”を当てて見ているにすぎないからだ。つまり、人は相手主導ではなく、自分主導で他人を見るものなのだ。

    人を見抜いて捌くためには、まず自分のモノサシを捨て去ることが重要となる。

    大切なのは、自分も変化しているのだという自覚と、目の前の変化に対応しようとする柔軟さだ。自分のモノサシに囚(とら)われていることなく、目の前の変化を感じ取り、柔軟に対応していけば、たえず新しいものが生まれていることに気づき、それを発見することができるだろう。

    そう、五感を研ぎ澄ませ、本能に近い「素の自分」で相手と対峙していくのだ。

    固定観念は心を固まらせ、無駄な動きを生む。それはすべてクセとなって現れ、相手に悟られる。このクセこそ、人を見抜くための最大のヒントであり、また、これを読み解くことが最強の武器になる。

    クセからわかる心理状態、クセから見抜く人物像。それらは本書に書かれている。「企みの社会」を生き抜くための必須資料として、ぜひご一読願いたい。

    若い頃、私が見聞きしていた彼の美意識が、本書のなかにもふんだんに現れる。

    彼が主催する雀鬼会では、「牌を捨てる」動作が少しでも美しくなるよう徹底的に練習する。動作を磨いていくことで、徐々に思考にも美しさが出てくる、それが彼の狙いだ。

    目や身体の動かし方、歩き方。「不要で違和感のある動き」を、彼は嫌う。柔軟で臨機応変で無駄のない自然な動きこそが美しい所作の基本であり、目指すべき到達点だ。

    「オーラ」や「存在感」。人に関してよく耳にする言葉だ。

    俳優やタレントを評するときに、「あの人は存在感がある」というような言い方をすることがある。私のまわりにも、「存在感のある人間になりたい」という人がいたりする。でも、存在感というのは誰もがもともと持っているものなのだ。
    その存在感の幅を広げるには、日常生活の中で、なにごとに対してももっと“当たり前”という感覚をを持つことが重要だ。最近よく耳にする「あり得ない」ではなく、「すべてあり得るんだよ」という感覚だ。
    そういう感覚を持ち続け、自分の人間としての間口を広げて対応できる心構えをつくっていけば、存在感というものは自然と滲(にじ)み出てくるものなのだ。

    正直言うと、ちょっと難解な部分だ。だが、この(基本動作の裏に見え隠れする)「すべてあり得るんだよ」という感覚こそが、彼の美意識を強烈に表している部分だと思えてならない。

    余談だが、カリフォルニアサウンドの有名シンガー、ジャクソン・ブラウンにも『Anythig Can Happen(エニシング・キャン・ハプン)』という曲がある。英語ではけっこう有名なフレーズだ。

    「(そう望むのなら)すべてのことが起こりうる(いいことも悪いことも)」

    対立、友情、言い争い、恋愛、最高のよろこび、最悪の事態、生と死。

    人や社会との関係において、「すべてあり得るんだよ」、そう内面の格好をつけて生きていくことが、著者・桜井章一さんの生き方であり、私たちがこの本から学ぶべき最大の「技術」なのかもしれない。

    まるで古い日本映画の名作を観たような気持ちになった。

    「役に立つ」だけじゃない。いい本、いい時間だった。

    (レビュアー:中丸謙一朗)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2021年2月15日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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