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  • ウイルスに利用される細胞の仕組みとは?新たな視点から見るサイエンスミステリー

    2020年12月29日
    知る・学ぶ
    田中香織:講談社BOOK倶楽部
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    細胞とはなんだろう
    著者:武村政春
    発売日:2020年10月
    発行所:講談社
    価格:1,100円(税込)
    ISBNコード:9784065215661

    「細胞」といわれて最初に思い出したのは、いつかの理科の実験だった。玉ねぎの一部をプレパラートに載せて染色し、顕微鏡で観察する。「細胞ってこんな風に見えるんだな」と、新鮮に感じた。とはいえ、それが自分となにか関係があると考えたことはなかったし、なんとなく縁遠いものだと思い、すっかり忘れていた。

    だから「細胞とはなんだろう」とあらためて問われると、困った。専門家の人にとっては身近な研究対象かもしれない、でも私の日常には関係ないし……と。そんな他人事な気持ちで読み始めた冒頭に、著者のこんな言葉があった。

    そう、僕たちはみな、細胞からできている。
    人間ばかりではない。この世のすべての生物はみな、等しく細胞からできている。大きな生物も小さな生物も、バクテリアでさえ細胞からできている。(中略)新型コロナウイルスは僕たち人間の細胞に感染するが、感染するのはあくまでも生物でもない人間の細胞であって、僕たち人間そのものではない。

    当たり前のことを言われただけなのに、ハッとさせられた。……ああ、そうか、そうだった。玉ねぎだけじゃない。私も細胞のかたまりなのか。たとえば「病気になった」と感じる時。その症状に気づいたり、診断を受けた時には、「細胞」の変化はとっくに起きた後なのだ。細胞あっての私、だからまったく「他人事」ではない。どこまでも「自分事」の話だった。

    そんなふうに思いなおしてから読み進めると、本書がちょっと変わった視点から「細胞」を眺めたものだということもわかってくる。第1章から第5章まで、解説は細胞膜、リボソーム、ミトコンドリア、細胞内膜系、細胞核と、細胞の中心に向かって進んでいく。一見、ふつうの「細胞」解説本だ。

    だが実際のところ、その立脚点は細胞そのものではなく、「ウイルス」にあった。実は著者の専門はウイルス学で、その中でもマイナーといわれる「巨大ウイルス」を扱ったものだそうだ。

    しかも、ウイルスは細胞ではない。細胞からできていないので、生物でもない。(中略)
    僕が研究している巨大ウイルスは、ふつうのウイルスよりも生物のほうにそのしくみが近く、「もともと生物だったのではないか」とさえ考える人もいるくらいのヘンなウイルスだ。しかし、今のところは巨大ウイルスもふつうのウイルスと同様、生物(細胞)ではない。もう少しで細胞になれるかもしれないのに、なれない存在──。それが巨大ウイルスだともいえよう

    だから著者は、「ウイルスのしくみを通して細胞を見つめる態度」で筆を進める。読み手としては、細胞についてはもちろん、ウイルスについても新たに多くを知ることができる、一石二鳥の構成。

    語り口はやわらかで、具体例も身近なものから挙げてくれている。たとえば細胞質に浮かんだ大きな構造体を、映画『スター・ウォーズ』に出てくる「スター・デストロイヤー」と表したり、細胞内につり下がっている「小胞体」を「蚊帳」と見立ててみたり。他にもいろんな場面で著者の趣味がちりばめられているし、細胞やウイルスの働きはなぜか関西弁でつぶやかれているので、気づくと思わず笑ってしまう。たとえば第3章のテーマであるミトコンドリアについて、アメリカの生物学者、リン・マーギュリスによって唱えられた学説の紹介はこんな感じ。

    細胞内共生説とは、すなわち「ミトコンドリアは、ほんまはバクテリアやったんやで」という学説で、それが真核生物の祖先となった細胞(おそらく嫌気性のアーキアの祖先だと考えられている)に共生し(当時はもしかすると、単なる「感染」だったかもしれない)、その結果、「なんやしらん、ミトコンドリアになってもうたがな」というものである。

    そう、ミトコンドリアはもともと別の生物だったのだ! そんな彼らが、細胞内で「細胞小器官」へと変化したのち、今ではどのような機能を持って働くようになったのかを、著者は詳しく説いていく。くわえて、他の微生物(バクテリア)の食作用に関する論文も取り上げ、ミトコンドリアが現在の状態へ至ったのは「当時の真核生物(の祖先)に食べられて、消化されずに細胞内部で息づいたから?」という仮説も教えてくれる。添えられたイラストにも思わずにっこり。難しい内容を、こんなにも楽しげに語ってくれる研究者がいるとは思わなかった。

    イラスト/永美ハルオ

    いっぽう、かなり専門的な内容が続くことで、くじけそうになる場面も多々あった。出てくる名称は初耳のカタカナが多く、ときには呪文にも思えたほど。初見ですべてを覚えるのは難しい。「あれ? これ、なんの意味だっけ!?」と混乱することが何度もあった。

    だがそんな時には、巻末のさくいんが大活躍! 本書内に登場した単語が10ページにわたり網羅されている。また図解もイラストも豊富なので、当初は「ウイルスにもサイズがあるんだ~」レベルだった私でも、想像力を補ってもらうことにより、徐々に理解を深めていくことができた。

    細胞とウイルス、それぞれの構造を知れば知るほど、作り上げた自然の力に驚かされる。そして、それを解明し続けている人間のたゆまぬ努力にも感嘆する。複雑な仕組みの解説に、「よく思いつくなあ、こんなこと!」と、何度つぶやいたことか。こんなご時世だからこそ、自分のいちばん身近にある「謎」の解明と現状を、ぜひ楽しんで読んでほしい。

    (レビュアー:田中香織)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2020年11月28日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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