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  • 蒙古はなぜ1夜で撤退したのか?歴史の舞台を“数字”で検証!歴史のリアルを読み解く

    2020年12月03日
    知る・学ぶ
    河三平:講談社BOOK倶楽部
    Pocket

    日本史サイエンス
    著者:播田安弘
    発売日:2020年09月
    発行所:講談社
    価格:1,100円(税込)
    ISBNコード:9784065209578

    歴史の舞台を科学的に“現場検証”し、通説にはない歴史のディテールを描き出そうという、なんともスリリングな試みだ。
    「奇跡」や「伝説」といった文言に邪魔されて、宙ぶらりんのまま歴史の舞台に横たわる謎。本当のところはどうだったのか?
    本書は「蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか(第1章)」「秀吉の大返しはなぜ成功したのか(第2章)」「戦艦大和は無用の長物だったのか(第3章)」という3つの謎に迫っている。

    歴史を科学的に検証するというと、昨今は「素粒子ミューオン」によるピラミッドの内部構造観測など、いわば“研究室発”の最先端テクノロジーを駆使した検証が世の関心を集めているらしい。ただ、それらの検証結果を知ることはできても結論を導き出す検証プロセスを理解するには、量子力学などそれ相応の予備知識が要る。
    しかし本書の“現場検証”を読む際には、そうした素養は一切不要だ。物理が苦手な読者であっても、結論を導くまでの理屈を楽しみながら読み進むことができる。

    著者の播田氏は、造船会社(三井造船)で様々な船の設計に携わってきた1人の技術者である。土台にする科学的知見は、「船づくり」の現場で培ってきた経験則。具体的な“もの”づくりにかかわる物理法則ならば、ビジュアルも浮かぶし、理屈もイメージしやすい。物理の数式が苦手な読者にも明快な所以だ。

    3つの“現場検証”のうち、「船づくり」の現場仕込みの知見が生かされているのが第1章。2度の蒙古襲来のうち、1度目の「文永の役」の謎に迫る章である。
    「文永の役」をめぐる通説では、鎌倉時代の中期、文永11(1274)年に蒙古大軍勢が900隻の軍船で九州に押し寄せ、博多湾から上陸。迎え撃つ鎌倉武士は、蒙古の集団戦法と新兵器「鉄炮(てつはう)」によって大敗を喫するも、なぜか蒙古軍が突如撤退し、九州は陥落を免れた――とされている。

    学校の教科書でも見出しになるほど有名な出来事である。
    では、なぜ蒙古軍は九州を陥落寸前まで追い詰めながら、突然撤退したのか。その謎は未だにうやむやにされたまま。著者は蒙古軍出航以前までさかのぼり、軍船づくりの現場から再現しようとする。
    高麗の史書『高麗史』には、元(蒙古)は日本侵攻に際して、支配下に収める高麗(元の侵攻以前、朝鮮半島を統一)に対し、大型軍船300隻の建造を厳命したとある。

    著者は、まずこの大型軍船の建造数に着目。現存する古船、江戸時代の千石船(和船)、長崎県の鷹島で発見された蒙古軍船、韓国の海洋博物館にある高麗船などを手掛かりに、この大型軍船の精緻な設計図を描き起こし、それを基に建造工程を再現。外板・甲板の厚さ→軍船1隻あたりの木材使用量→原木の量→原木伐採する森林の広さと立地条件(伐採原木の輸送距離など)→大工・人夫の必要人数……という具合に軍船建造に必要な材料とマンパワーを芋づる式に算出していく。
    その上で、300隻の新規建造に必要な資材と人員の調達は不可能だったと結論づける。実際はその半数の150隻に既存の中規模軍船を加えた寄せ集めの300隻に過ぎず、通説では4万とされる兵力もそれを大幅に下回る2万6千に修正しなければいけないと指摘する。

    “現場検証”は軍船建造の場面にとどまらない。
    各種船舶やヨットの操縦経験も持つという著者の分析は、出航から上陸・侵攻、撤退に至る海上行程全般に及ぶ。博多湾での投錨(停泊)については、当時の水深を手掛かりに停泊可能な範囲と上陸可能地点を割り出し、全軍船が縦横に広がる海上陣容を推定。“現場”が目に浮かぶ、リアルな配置図だ。
    上陸の場面では、さらに兵士と貨物の移動に関して解像度を上げていく。
    まず、軍船から小型上陸艇へ兵士の乗り換え、水汲み船へ食料・武器の積み下ろしがある。続いて推定上陸地点への漕ぎ出し移動。そして軍船への折り返し。上陸艇と水汲み船は全兵士と全貨物が上陸完了するまでに、海岸-軍船間を10往復(所要時間は計10時間)しなければならない。したがって上陸は小部隊の逐次投入となり、少なくとも通説のように早朝に一斉上陸を果たし、すぐさま武士達と戦って集団戦で残滅させた、という筋書きは非現実的だと指摘。さらに進軍ルートや部隊編成などについても検証と修正を加え、合戦のディテールを描き込んでいく。

    このようにして、いくつものディテールを連ねていくことで、「蒙古軍は想定以上の苦戦を強いられ、総崩れに近いかたちで退却を決めたのだ」という最終的な結論を著者は導き出していく。
    検証と修正を細かく積み重ねていくその手法を、同章だけでなく本書全編において用いている。自身の長いキャリアの中で培われてきた手法なのだろうと想像した。各工程についてどれだけ解像度を上げてイメージできているか。1人の設計者としてのこだわりが、本書の“科学的”説得力を静かに支えている。

    (レビュアー:河三平)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2020年11月17日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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