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  • 私の命、売れますか?常識を揺さぶる“究極の問い”に挑む『あぶない法哲学』

    2020年07月05日
    知る・学ぶ
    河三平:講談社BOOK倶楽部
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    あぶない法哲学
    著者:住吉雅美
    発売日:2020年05月
    発行所:講談社
    価格:990円(税込)
    ISBNコード:9784065193778

    名実ともに「あぶない」法哲学入門だと思った。
    世の中の常識に楯突いていこうぜ。そんな著者のスタンスも確かに「あぶない」魅力なのだが、本書を読み進めていけばいくほど、そもそも「法哲学」という学問自体が世の中の常識に揺さぶりをかける「あぶない」思索を内包している、ということに気づく仕掛けになっている。著者のファイティングスピリットによって、法哲学の醍醐味にスポットライトをあて、それまで何の予備知識もなかった読者(本稿筆者もその1人だ)を「あぶない」思索へ誘ってくれる法哲学入門なのだ。

    もちろん法哲学には「あぶない」役目だけでなく、現行の法律に協力する方向で指針を示す役割(「天使の顔」と著者はいう)もあると断ったうえで、著者は「悪魔の顔」の方の、つまり法哲学の「あぶない」魅力を前面に押し出す。曰く、「現行法体系の基礎原理やそれを支えている人間社会の習俗とか常識それ自体を徹底的に疑い、容赦なく批判していくことである」。

    つまり、「悪魔の顔」の法哲学とは、法律やそれを支える世の中の常識をどこまでも「相対化」していこうという学問であるらしい。ならば、一般市民にとっては先ずそちらの「悪魔の顔」の方がだんぜん実用的なはずだ。
    ふだんは法やルールの縛りなんて意識せずにそこそこ自由に暮らしていても、何かの拍子に不自由さを感じて悶々とした経験は誰にでもあると思う。最近ならば、コロナ自粛を迫る要請や同調圧力だったり、正義という名の誹謗中傷SNSだったり……。世の中の常識ってやっぱり生きづらい。それってどうなんだろう? そんなときにこそ入門すべき、格好の学問に違いない。

    著者が「法哲学」の道に入ったのも、「私たちを支配する権力、そして私たちをいつの間にか縛っている常識や習慣、そして法律と戦いたい」との思いからだったという。学生の頃からセックス・ピストルズが大好きらしい。カラッとしたパンクな語り口がテンポよく、“法”という一見地味な題材にも拘わらず、グイグイ読み進んでいける。

    パンクな講義と聞くと、もしかして法哲学の先人諸学派の概要をすっ飛ばした独断講義なんじゃないの? と真面目な読者なら誤解するかもしれないが、それは杞憂だ。誰にも参加可能な問いかけを入り口にしつつ、それに関連する先人諸学派の思索を紹介していく形で法哲学をぐるっと概観できるようなアプローチが工夫されている。

    序盤はこんな感じだ。
    第1章では「社会が壊れるのは法律のせい?」と、身近な「法化の功罪」を議論しながら、「法の起源は暴力である」というベンヤミンが著した古典的テキスト『暴力批判論』を紹介。“法の起こり”は何なのか、という大前提を押さえる。
    第2章では「クローン人間の作成はNGか?」といかにも現代的な問いを立てつつ、「自然法論vs.法実証主義」という2つの立場を紹介。前章からもう一歩踏み込んで、“法の源流”をどう捉えるかという思考の枠組みについてレクチャーしながら、「人間の本性」「人間の良心」「人間の尊厳」「自然権」といった自然法論の可能性と限界を示してみせる。
    第3章では、「高額所得者は才能と努力のおかげ?」と誰もが気になる報酬や財産をめぐる議論をとっかかりにして、「ロールズvs.ノージック」という現代正義論の口火を切った宿命ライバルふたりを紹介。平等を保障するためには財産やチャンスを分配すべきとするロールズと、前章で紹介したロックの自然権(個人の労働で獲得したものはその人の正当な所有物である)に倣ってロールズが説く分配的正義を真っ向から批判したノージック。2人の論点を整理した上で、次章以降で詳しく触れることになる、2人の継承者たちを紹介していく。

    といった具合で第11章まで。各章が前章の講義を受けてさらに深化した問いと思索へと展開していく(特に“国家の介入と個人の自由”をめぐっては、古典的とも言える自然権思想の始祖というべきロックの「身体所有論」に何度でも立ち返り議論を深めていくのだ)。
    さらに言えば、どの章も予備知識のない読者にも興味を引く話題を入り口に用意しながら各自の思考を刺激していくだけでなく、諸学派たちの思索と彼らの論争を概観していくことについても決しておろそかにしていない。実践的な「法哲学」問答と、教科書的な「法哲学」概観を掛け合わせた、まさにハイブリッド型の入門書である。

    だからといって、もちろん燃費のいい1冊ということにはならない。法を「相対化」する学問である以上、仮に本書を1冊読み通したとしても、究極の問いと先人たちの思索に触れた先に、答えや結論をすぐに手にすることができるわけではないのだから。
    にしても、だ。最終章で放り込まれてきた決め球にはさすがに驚いた。「そもそも人間に自由意志なんてない、という議論もある」。この期に及んで、身も蓋もないことを仰るではないか。これまで散々、各人の“自由意志”を実現させる社会とはいかなるものか? と思考鍛錬を重ねてきたつもりだったのに! いやはや、の大どんでん返し。「あぶない」法哲学に終わりはないのだ。

    (レビュアー:河三平)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2020年6月19日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。





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