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  • 大学入試制度改革の「本来の理念」とは?平田オリザによる体験的教育論

    2020年05月22日
    知る・学ぶ
    河三平:講談社BOOK倶楽部
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    22世紀を見る君たちへ
    著者:平田オリザ
    発売日:2020年03月
    発行所:講談社
    価格:946円(税込)
    ISBNコード:9784065190982

    予測不能な未来を生きようとする若い人たちにどんな能力が必要なのか? どのように育んでいけばよいのか?
    これまで演劇の手法を使って小・中・高・大・社会人のあらゆる層に向けてワークショップや授業を行うと同時に、学校や自治体の入学(採用)試験づくりの“現場”にも携わってきた劇作家の平田オリザ氏が自身の経験をもとに、これからの教育について語る1冊だ。
    副題にあるように「これからを生きるための『練習問題』」32題が本書には収録されている。それらはすべて著者が実際に制度設計に関わった大学・大学院・自治体の入試・採用試験という。
    演劇の手法を使った自身の教育論と、自作の入試やワークショップの実践例がミルフィーユ状に交互に折り重なるユニークな構成。まさに「教育改革」の実践者による体験的教育論である。

    本書がまず取り上げる話題は、昨秋にひと悶着あった「大学入試共通テスト」騒動。これはどうも危なっかしいテストだぞと感じたひとも多いはずだ。萩生田文科大臣による例の「身の丈」発言で批判が噴出。その後しばらくして火元とされた「英語の民間試験導入」が延期となり、さらに数学と国語の記述式問題も見送りとなった。しかしそれでコトが片付いたわけではない。

    一連の騒動には「教育政策としての議論は何もなかった」と著者は切り捨てた上で、改めて大学入試改革の経緯と理念を、わかりやすく整理していく。
    そもそも大学入試制度改革は「高大接続」を目指す「三者一体の改革」としてスタートした。入試改革をてこにして、高校と大学の授業カリキュラムを同時に変えようという意欲的なものだった。
    改革の理念を支える「学力の三要素」は、
    ① 基礎的な知識・技能
    ② 思考力・判断力・表現力等の能力
    ③ 主体性・多様性・協働性(2007年の提言時「主体的に学習に取り組む態度」は、2014年に「高大接続改革答申」で左記に改められた)
    3つの要素は並列ではなく、①②③の順に下から上へピラミッド状に位置付けられているという。あれほど猛反発を浴びた制度設計だが、大元の理念自体はこうして眺めてみると案外素晴らしいものだと気づく。著者もそうした理念自体を否定しない。

    私たち大学人は、真摯に、この新制度入試に取り組まなくてはならない。先に私は「無茶振り」と書いたが、しかし、この入試改革には、もちろん善きところも多数あるのだ。

    謙虚に、かつ、しぶとく。それが現場の実践者の姿勢だ。相反しかねない概念(主体性と協働性)に着目しつつ、解像度を上げて掘り下げ、試験の制度設計に具現化していく。その軌跡が本書収録された32題だ。四国学院大学などの私大AO入試から大阪大学の大学院試験、地方自治体の職員採用試験まで、そのフィールドは広い。

    設計の土台にあるのは演劇の手法である。受験生にお題を与えて“ディスカッションドラマ”(討論劇)、或いは映画や紙芝居などを創作・発表(グループワーク)をしてもらい、発表後には個別の面接も行うというものだ。
    例えば、四国学院大学AO入試の過去問はこんな具合である。
    試験実施に際しては、受験生に事前に評価の基準が公表されるという。
    もちろん先述の“新しい学力観”の最上段にある「主体性・多様性・協働性」の理念に基づくものだ。「主体性」については「自分の主張を論理的・具体的に説明できたか」「ユニークな発想があったか」を、「協働性」については「他者の意見に耳を傾けられたか」「建設的、発展的な議論の進め方に寄与できたか」「チーム全体に対して献身的な役割を果たせたか」を評価する。相反しかねない「主体性」と「協働性」を見事に融合した試験内容である。

    では、もう1つの「多様性」についてはどうか。

    従来最も評価されてきた「努力」も、人間の能力の一つの側面に過ぎない。もちろん、こつこつと努力を積み重ねるタイプの人間も世の中にいてもらわなくては困る。しかし努力は苦手だがアイデアは素晴らしい人間も必要だし、その中庸をとるコーディネーター的な能力も大事だ。

    個々の生徒・学生側に多様性への理解を問うだけでなく、「学びの場」を提供する大学側も多様性を受け入れる寛容さが大事だという。

    さて、この方向性で大学入試改革が進めば、「一、二年間の受験準備では太刀打ちできない、いわゆる『地頭』を問うような試験に変わっていく」はずだ。
    すると、どうなるか? 文化の地域間格差と、家庭間の経済格差がますます現れることになる、という。
    「地頭」は詰まるところ本人の努力だけでは獲得できない「身体的文化資本」であり、読書・観劇体験や言語環境など「本物」「いいもの」にいかに多く触れるかどうかによって人生の非常に早い段階に育まれる類の能力だからだ。

    だからこそ、教育政策と文化政策を連動させ、子どもたち一人一人に「身体的文化資本」を社会全体で育むことが急務、と訴える。
    本書終盤の第7章「豊岡市の挑戦」では、こうした問題意識をもとに今まさに著者が取り組む事例が紹介される。著者はこの改革に参画するために同市へ家族や劇団とともに移住し、文化政策担当参与として現在以下のような施策に関わっているという。

    ・市の内外から劇団・アーティストを迎えて創作の場を提供する「城崎国際アートセンター」の創設。
    ・職員採用試験にディスカッションドラマ創作の試験を導入。
    ・小・中学校の授業にコミュニケーション教育を導入。
    ・観光とアートを中心とした専門職大学新設プロジェクト。

    社会全体でいかにして「学びの場」をつくり、「教育格差」を乗り越えていくべきか。教育関係者はもちろんだが、地方自治体職員や文化施設づくりに関わる多くのひとに示唆を与える1冊だ。

    (レビュアー:河三平)


    ※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2020年5月1日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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