• fluct

  • 『永遠の仔』『悼む人』の天童荒太さんが、3.11後の福島を舞台に描く、生への祈りの物語

    2016年02月27日
    楽しむ
    日販 商品情報センター 「新刊展望」編集部
    Pocket

    命をつなぎとめるもの

    依頼者のために海に潜る舟作も、津波で身内を亡くし、危ういところで難を逃れている。妻子とともに故郷を離れた今も、あの日に受けた衝撃は彼の心に暗い影を落としたままだ。そんな舟作を通して描かれるのは、サバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)とどう向き合っていくのか、ということ。そして、その「愛情豊かであるがゆえの〈罪悪感〉」は、あらゆる人の普遍的な問題だと天童さんはいう。

    「物語の舞台は福島ではあるけれど、あえて地名は書いていません。さまざまな場所で災害や事故は起きているし、病で亡くした人に対しての〈もっと相手のために何かできたのではないか〉という思いが胸に突き刺さっていることもあるでしょう。なぜ自分ではなくて、彼(彼女)だったのか。自分が生きていく、幸せになる権利はあるのか。その思いを通してなお、生の尊さや悦び、大きなものに包まれている生命の感覚といったものを掬い上げてこられれば、それがこの小説の一番のテーマになると思っていました」

    舟作の前に現れた女性、透子も若くしてそんな思いに苦しむ1人だ。夫は母の見舞いのため流された町に帰省していて、連絡が途絶えたきり。彼女はいまでも立ちすくんだまま、虚ろな日々を過ごしている。

    「透子は、夫婦としての愛を深めていく途上にあった女性です。その照り返しによって、もう愛を知り尽くしたと思っていた舟作と妻・満恵も、実はこれからもっと慈しみ合える関係なのだと気付く。2人が人間として、大人の男女として、あるいは親として成熟していく。そんな愛の実相へと歩みを進める形が見出せたのは想定外でした。

    ここしばらくの風潮として、焦点が若い男女の恋だったり、大人の愛となると不倫だったり。ある種のステータスや余裕を持った大人の男が若い女の子と付き合うのも格好いいことのように言われるけれど、若い人に、〈一緒に成長できる相手と歩んでいく〉ことを促すのが大人だろうと思います。いわゆるタブーを描くことが表現なのだという感覚から夫婦愛は凡庸に見られてきたのかもしれないですが、今回パートナーとしっかり向き合うことの大切さを表現できたこともうれしかったですね」

    本作を読んで思うのは、まさに「大人の物語」だということ。特に舟作は、口数は少ないけれど思慮深く、元漁師として自然と対峙して生きてきただけあって、細やかな“嗅覚”を持つ男。その感性と理性のバランスが、「生きていく」ことに戸惑う人物の内面に複雑な陰影を与えている。

    以前にも被災した土地を訪れていた天童さん。今回改めて福島へ行き、報道される前向きなニュースに比して、その惨状が震災直後とほとんど変わらないことに愕然としたという。

    「『悼む人』のような小説を書いた人間ですから、どうしても死の(気配の)中にすっと入っていくんですね。取材を終えて、いわきの繁華街に入ったときに一番に思ったのは、〈肉が食いたい〉ということ。命が擦り減っていく感じが無意識にあったのでしょう。それを細胞が肉を食えと命じることで、命をつなぎとめられる感覚が起きた。知性では海に潜ることで“答え”を見出したいと思っている舟作も、本能レベルでは命を持っていかれる危機感から、肉や性に対する欲望が出るのではないかと造形した部分があります」

     

    あきらめを知る

    『悼む人』は、不慮の死を遂げた人々を、「誰に愛され、愛し、どんなことをして人に感謝されていたか」とその存在を胸に刻むことで、〈悼む〉旅を続ける青年の物語。読者も彼の旅をなぞるうちに、その前にある生の輝きが照射され、死への漠然とした恐れから目を開かれるような作品だ。『ムーンナイト・ダイバー』はそうした「死」の存在を内に収めた上で、歩き出す人の足元をほのかに、だが確かに照らしてくれる。

    「『悼む人』を書いていないと、『ムーンナイト・ダイバー』にここまで向き合うことはできなかったかもしれません。『悼む人』で死にとことんまで入って行ったことで、自分の中に死が怖くないものとして今もあります。それでも忘れ去られていくこと、あるいは宙ぶらりんのままであり続けることのやるせなさを抱えて、どうすれば我々は生きて行けるのだろうという感覚はあったので、それに対する答えは、この作品の根底にあるのかなと」

    「生きていく」ことを描く本作だが、天童さんは「あきらめる」ことを通して登場人物たちに次なる一歩を促している。たとえそれがつらい現実であったとしても、人は「受け入れる」ことではじめて前を向いて、立ち上がることができる。

    「それはとても大事なことだと思っていて、あきらめないという感覚は間違ってはいないのかもしれないけれど、それが人を苦しめているのではないか。我々が本当に学ぶべきなのは、あきらめることなのではとの思いがバックボーンとしてありました。

    〈あきらめるな〉〈負けるな〉という言葉が強いだけに、あきらめることをマイナスに捉えがちですが、あきらめなければ前に進めなかったことのほうが、実は多い。大切なのはあきらめるのをどこにするかという選択。あらゆる人はどこかであきらめざるをえないわけですから。永遠には生きられないし、どんなに好きな人がいても、どうにも届かないことはある。

    あきらめを知ることが人間の成長にとって大切なことであり、自分や他者、社会の限界をしっかり見ることで、人は本当の意味で成長するのだと思っています。それは(本作の)裏テーマでしたね」

    1 2 3
    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下

  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る