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  • 無人の集落を舞台に米澤穂信が描く“挑むことすらできない謎”『Iの悲劇』インタビュー

    2019年11月16日
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    ほんのひきだし編集部 猪越
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    『満願』『王とサーカス』が史上初となる2年連続ミステリランキングの三冠に輝くなど、その実力と人気でミステリー界を牽引する米澤穂信さん。『Iの悲劇』は、限界集落を舞台に、Iターンプロジェクトを推進する公務員が主人公の連作短編集です。

    原因不明の火事、忽然と消えた魚、幼児の行方不明事件など、山村で起こる不可解な事件を糸口に、やがて大きな謎が浮かび上がってくる……。そんな連作ミステリーの醍醐味が味わえる本作について、米澤さんにお話を伺いました。

    Iの悲劇
    著者:米澤穂信
    発売日:2019年09月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784163910963

    山あいの小さな集落、簑石。六年前に滅びたこの場所に人を呼び戻すため、Iターン支援プロジェクトが実施されることになった。
    業務にあたるのは簑石地区を擁する、南はかま市「甦り課」の三人。
    人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香(かんざん・ゆか)。出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和(まんがんじ・くにかず)。とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣(にしの・ひでつぐ)。
    彼らが向き合うことになったのは、一癖ある「移住者」たちと、彼らの間で次々と発生する「謎」だった……。

    〈文藝春秋BOOKS『Iの悲劇』より〉

     

    なぜ人は「ここに住む」のか

    ――Iターンをモチーフにした本作は、どのようなきっかけで書き始められたのですか?

    2010年に「オール讀物」の別冊として企画された、「オール推理」というムックから依頼されたのがきっかけです。ミステリー専門のムックを作るということだったので、せっかくなら「普段はやらないような大ネタの物理トリックをやりたい」と思って書き始めたのが、第1章の「軽い雨」になります。

    その時点で最終的に連作短編集として一冊にまとめようと考えてはいたのですが、その後なかなか書き継ぐ機会がなく、ようやく9年越しに書き上がったのが本書です。

    ――主人公の万願寺は、市役所職員としてIターンプロジェクトを担当しています。応募者たちは誰もが新しい生活に夢や希望を持って移り住んできますが、万願寺たちは移住者が次々と起こすトラブルに奔走させられます。舞台は「無人となった集落」ですね。

    実は第1章を書いた段階では、「元の住人が一人もいない」という状況は、それほど意味を持って設定したことではありませんでした。ミステリーを入れるのに、ロジックの紛れがない空間を作ろうと思ってそうしたんですけれど、その結果、小説として書きたかったテーマに大きく寄与することになりましたね。

    本書では、「暮らす」ということを書きたいと思っていました。「どこに、どういうふうに暮らすのか」。それはとりもなおさず「どうやって生きていくか」を描くことでしょう。それをテーマにしたいと考えたんです。

    台風が毎年来る、毎年大雪に苦しめられるにもかかわらず「ここに住む」。それはどういうことなんだろうというのが、この小説の動機でした。

     

    山あいならではの道具で“集落”を描く

    ――水田から忽然と消えた魚、キノコによる食中毒事件など、それぞれの章で描かれる謎は山あいならではのものばかりですね。

    山田風太郎に、『明治断頭台』という小説があります。物理トリックを多用していて、その道具立てが、人力車や廃刀令下の刀など「なるほど明治だ」と思わせてくれるものばかりなんです。その印象が強かったので、今回の『Iの悲劇』でも、「この蓑石という集落ならではのものだな」と思ってもらえる道具立てを用いようと考えました。

    そうすれば、謎が生まれ、それを解く過程が単にミステリーの手順ではなくて、蓑石という集落そのものを描いていくことになるのではないかと思ってのことです。

    ――万願寺の同僚である「甦り課」の課員は、学生気分が抜けない2年目の新人女性・観山と、50過ぎでやる気のまったく感じられない西野課長の2人。事件の解決に取り組むのはおもに万願寺と観山ですが、彼らのキャラクターはどのように設定されたのですか。

    雑誌で書いた段階では、主人公の万願寺は移住者たちに対して少しシニカルな面が強い人物でした。

    ですが、本にするにあたって考えたのは、彼は心の中で「このプロジェクトはうまくいくのだろうか」という疑問を持っていたとしても、自分のできる範囲できっと真摯に仕事に向かうのではないかということ。そこで本にする際には、万願寺のものの考え方や言い方を注意深く調整していきました。

    ――真面目で公務員らしい万願寺に対して、一方の観山はざっくばらんな人物ですね。

    観山の物語における役割については当初から強く意識していましたので、彼女の造形に関しては特に悩むことはありませんでした。

    ただ、仕事はつらいことでもやらなきゃいけないことが多々ありますが、どこかに喜びを見いだしたいものですよね。観山は、何に喜びを感じ、自分の仕事に対してどう折り合いをつけているのかなということは常に考えていました。

     

    登場人物たちの「暮らし」を笑わない

    ――そんな2人が対するのが、個性豊かな移住者たちです。集落で起きる事件は凶悪なものではなく、住民の思惑に端を発するトラブルばかり。それに対して万願寺は、まさに真摯に解決を試みます。

    気を付けたのは、登場人物たちの暮らしを「笑わない」ということです。

    移住者が「休耕田に水を張り鯉を育てる」という第2章が顕著なのですが、その言動がたとえ軽薄に見えたとしても、彼らは生活を、人生をかけてその土地に住もうとしている。その時に市役所職員である主人公たちが、その暮らしを笑うことをしてはいけないだろうと。そこが一番工夫したところでもあります。

    ――タイトルにもある通り、それらの事件は移住者にとっては悲劇であるのですが、彼らが真剣であればあるほど、人生や人間の、何ともいえない味わいとおかしみが感じられました。

    この小説は、ペーソスとユーモアのバランスをとって描いていきたいなと思っていました。起きていることは悲劇であったとしても、書き方にはちょっと軽みを待たせて、ユーモアを忘れずに両方の筆で書いています。

    『Iの悲劇』という題名も、読者が「IターンのIなのかな」と気付いた瞬間に、ニコッとしてもらえるんじゃないかなと。主人公の万願寺という名前にしても、硬くもあり、唐辛子みたいでおもしろくもある。そういったそこかしこに、ペーソスとユーモアの両面が現れていればいいなと思っていますし、その両方を楽しんでいただけたらうれしいです。

     

    挑むことすらできない「大きな謎」を描く

    ――両面という意味では、ラストには「何が善で、何が悪か」という最大の衝撃が訪れますね。これ以上はネタバレになってしまうので詳しく伺えないのが残念ですが。

    ひとつ言えるとすれば、この小説の中央には、とてもとても大きな謎がある。その大きな謎から派生して、小さな謎がポコッ、ポコッと浮かびあがってきます。それを万願寺たちが一つずつ丁寧に潰して回るのですが、その小さな謎は潰すことができたとしても、真ん中の大きな謎には解こうと挑むことすらできない。私の中にはそんなイメージ図があります。

    ――本作は、収録作のうちの半分が書き下ろしですね。一冊としてまとまったときに、初めてその大きな謎が見えてくる。その構成に引き込まれました。

    「序章」「終章」と第2章の「浅い池」、第5章の「深い沼」が書き下ろしです。すべてのミステリーは表と裏が同時に進行しているものですが、本書では、一度第5章で“表の終章”を書きたいと思いました。小説としてはそこで終わりを迎えてもいいのですが、実際の暮らしや生活、日常はそれでも続いていくものですよね。

    そこで、“表の終章”の後で、「だからといって、それでも人間は暮らさないわけにはいかない」という第6章、そして本当の終章へとつながっていくように組み立てました。

    ――そんな本作を読んでいると、ふと「ミステリーとは何なのか」という疑問が浮かびました。米澤さんはミステリーというジャンルをどのように捉えていらっしゃいますか?

    ミステリーはたいていの場合、どこかに犯人の意思が存在していて、その人物が「こうしてやろう」と思ったところから始まります。それはある時は人の死であるかもしれないし、ある時は事故に見せかけられた何かかもしれない。

    いずれにせよ、そこにあるのは善意志ではなくて、誰かがそれによって斬りつけられているわけです。その深い傷が残っているところに探偵がやってきて、その傷をつけた犯人が誰なのかは、解き明かしてくれるかもしれない。でもそれはその傷の治療とは別のものなんですね。

    ミステリーは「秩序の回復だ」といわれることがあります。乱された秩序を、探偵の推理によって回復させる。それはミステリーの基本的な構造であると、私も思います。一方で秩序が回復したとしても、傷つけられた人が回復することとそれは実はあまり関係がない。そこにミステリーそのものの持つ悲しさ、奥深さがあるのではないかなと思っています。

    米澤穂信 Honobu Yonezawa
    1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。2011年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『さよなら妖精』『インシテミル』『追想五断章』『リカーシブル』『王とサーカス』『いまさら翼といわれても』『本と鍵の季節』など。編著に『世界堂書店』がある。

     

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