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  • 出会いと“白と黒の世界”がもたらす成長と恢復の物語 『線は、僕を描く』を漫画化

    2019年11月02日
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    黒田順子:講談社コミックプラス
    Pocket

    線は、僕を描く 1
    著者:堀内厚徳 砥上裕將
    発売日:2019年09月
    発行所:講談社
    価格:495円(税込)
    ISBNコード:9784065170724

    人生が180度変わるような出会いがあったら、あなたは新しい世界へ飛びこみますか?
    私だったら、迷わずイエスです。むしろ未知の世界へ誘(いざな)ってくれるよき指導者には、どうしたら出会えるのか知りたいくらいですが、案外こんな何気ないところにメンターはいるのかもしれません。

    青山霜介(そうすけ)は、アルバイト先の展覧会会場の廊下で老人に声をかけられ、一緒に水墨画を見て回ります。そして唐突に「君ね、私の弟子になりなさい」と言われます。
    実はこの老人こそが、水墨画の巨匠・篠田湖山(こざん)で、全くの素人である霜介が、水墨画を見ただけで物事の本質を見抜く目を持っていると知り、こんなことを言ったのでした。

    後日、恐る恐る湖山の家を訪ねた霜介は、早速、湖山から水墨画の手ほどきを受けるのですが、初めての水墨画に戸惑うばかり。

    この湖山先生が、もう最高なのです。いつもにこにこ穏やかで、「できることが目的じゃないよ、やってみることが目的なんだ」と言うだけでなく、「たくさん失敗しなさい」と言ってくれるのです。

    どんな習いごとでも、最初の印象は将来に大きく影響しますが、こんな優しい師匠がいたら絶対に水墨画が楽しくなるでしょうね。

    一方、霜介に対し、「気に入らないわ」と言う人物が現れます。霜介と同年代の湖山の孫、千瑛(ちあき)です。
    湖山は千瑛にハッパをかけたいのか、水墨画家最大のタイトルのひとつである湖山賞をも、いずれ霜介が獲るだろうと千瑛の前で言うのです。

    来たぞ来たぞ、霜介vs.千瑛のバチバチの戦い! と下世話な私は思ってしまったのですが、違いました。
    「気に入らないわ」と言った自分の発言に対し、後日、千瑛はこんなことを言います。

    気に入らないのは
    私の この未熟さよ

    この一言は本当にカッコいい! これぞ本物の芸術家という感じです。
    他人との比較ではなく自分がどうありたいのか、自分の作品をどう描くのかが大事なのだということを思い知らされました。
    こんな気高い千瑛だからこそ、霜介を良きライバルとして徐々に心を通わせていきます。

    実は霜介は、湖山先生から「自然な力ですれば墨もあるべき美しい墨になってくれる」と教えられたのです。「自然を感じて、それらと一緒になって絵を描く。それが水墨」だと。

    私の水墨画の知識は、たまたま美術館にあるものを見かける程度でしたが、墨のすり方、ひいてはその墨をするときの心の持ちようが絵として表れるのだということを今回初めて知りました。
    これは水墨画に限らず、私たちの日々の生活にも活かせることだなぁと感じます。

    この漫画は、講談社の文芸賞「第59回 メフィスト賞」を受賞した同名の小説が原作で、著者であり水墨画家でもある砥上裕將(とがみひろまさ)氏が監修をしているので、水墨画のことがとてもわかりやすく描かれています。

    それに加え、漫画を担当する堀内厚徳氏の黒と白の濃淡で描く世界が、静かに、だけど心の奥にすーっと染み込んでくる感じがします。そういう空気感が伝わってくるところが、これまたいいのです。
    まさに湖山先生の言う「感じて、それらと一緒になっていく」感覚です。

    でもそうした言葉では表せない感覚は、水墨画の中に描いている本人の心も滲み出てしまうのでしょう。
    霜介が一人孤独を抱えて生きていることを、湖山先生も千瑛も兄弟子も気づいているのです。
    水墨画に出会えたことで「もう悲しくなんかないんだ」と無理に微笑む霜介。
    霜介にどんな過去があったのか、まだ今は少ししかわかりませんが、霜介にそっと寄り添っていたい、そんな優しい気持ちにさせてくれる作品でした。

    (レビュアー:黒田順子)

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    ※本記事は、講談社コミックプラスに2019年10月14日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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