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    白石和彌が撮った“家族”の姿 映画「ひとよ」高橋信一プロデューサーに聞く

    2019年11月04日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    【STORY】どしゃぶりの雨降る夜、タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、愛した夫を手にかけた。それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて。そして、こはるは、15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去った――
    時は流れ、現在。次男・雄二(佐藤健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。
    抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。
    15年前、母の切なる決断と、のこされた子どもたち。皆が願った将来とは違ってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先は――

    2010年に「ロストパラダイス・イン・トーキョー」で長編デビューし、「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」「彼女がその名を知らない鳥たち」「孤狼の血」など、話題作を立て続けに世に送り出してきた白石和彌監督。

    香取慎吾さん主演作「凪待ち」に続く最新作は、そんな白石監督が初めて“血の繋がった家族”を描いた「ひとよ」(11月8日公開)です。

    今回ほんのひきだし編集部は、プロデューサーの高橋信一さんをインタビュー。製作の裏側をお聞きしました。

    高橋信一(たかはし・しんいち)
    日活所属の映像プロデューサー。映画、ドキュメンタリー、PV、ドラマなど幅広く手がける。近作に、WOWOWオリジナルドラマ「アフロ田中」(19)、「WE ARE LITTLE ZONBIES」(19)、「まく子」(19)、「サニー/32」(18)、「日本で一番悪い奴ら」(16)、「WE ARE Perfume―WORLD TOUR 3rd DOCUMENT―」(15)。「映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!」(20年1月24日公開)が公開待機中。

     

    ――「ひとよ」は、桑原裕子さんが手がけた劇団KAKUTAの舞台が原作なんですよね。

    はい。「ひとよ」にはプロデューサーが2人いて、舞台を観ていたく感動したROBOTの長谷川晴彦プロデューサーが、今作の企画を立ち上げました。僕は脚本の初稿が上がったタイミングから参加して、そこから脚本の開発やキャスティング、配給・宣伝まわりなどを担当しました。白石監督とは、「日本で一番悪い奴ら」からご一緒しています。

    ―― “家族”を描いた映画というと是枝裕和監督の「万引き家族」が記憶に新しいところですが、アウトローでバイオレンスな作品の印象が強い白石和彌監督が“家族”を撮るということで、今作は非常に注目度の高い作品ではないかと思います。

    そうですね。やっぱり「凶悪」や「日本で一番悪い奴ら」「孤狼の血」の印象が強いので、「今回も家族ものといいつつ、エグい作品なんじゃないのか」って思っていらっしゃる方も多いかもしれません。

    僕は、白石監督作品の魅力は、単純にバイオレンスが得意ということではなく「非常に腕のいい職人でありつつ、題材やキャストの華やかさだけに収めずに、人間の本質をきちんと掘り下げていく」ところにあると思っています。人間の愚かさなどの本質に迫ることによって、ストーリーラインがより際立つのだと思ってます。

    今回の「ひとよ」は意外性も含めて注目していただいていると思うのですが、「凶悪」のようなバイオレンスな作品だけではなくて、「麻雀放浪記2020」のように企画性でエッジが立った作品もありますし、個人的には、今後でいうとMARVELシリーズのようなヒーロー映画で白石監督とご一緒してみたいなとも思っています。

    ―― 今回、完成したものをご覧になったときの率直な感想をお聞かせください。

    自画自賛っぽくなってしまいますけど、何度も脚本を読んでいて、感情の流れも含め内容をすべて知っているはずなのに、作品のラッシュ試写を観ていて「この物語はどこへいくんだろう」とすごくドキドキしました。母親が戻ってきてからのそれぞれの葛藤もそうですし、終盤にかかってカーチェイスが始まったときなんか「エンディングまであと30分しかないのに新展開!? ラストはどうなるんだろう」と非常に引き込まれましたね。

    それと、脚本には開発から携わっていましたが、実際に俳優の皆さんが演じて、監督が演出しているところを見ていると「脚本を超えている」と感じるところがたくさんあったんです。言葉で表しにくいんですけど、あの感覚を味わったことは過去を振り返ってもほとんどないです。「ひとよ」は僕にとっても、本当に特別な作品になったと思います。

    ―― 主演の佐藤健さんをはじめ、鈴木亮平さん、松岡茉優さん、田中裕子さん、佐々木蔵之介さんと俳優陣もかなり豪華です。キャスティングにおいては、どんなところがポイントになりましたか?

    「事件をきっかけにバラバラになった家族を描く」という暗い印象の題材ではありますが、白石監督には最初から「白石監督最大のスター映画にしてほしい」とお伝えしていました。まず初めに名前が挙がったのが田中裕子さん。これは初稿の段階から、企画書に「こはるは田中裕子さんで」と書いてありました。それから次男・雄二役で佐藤健さん、長男・大樹は鈴木亮平さん、末っ子の園子は松岡茉優さん……と決めていって、「堂下は誰にお願いしよう?」という段階になったんですが、本来は、予算を考えればもうこれ以上豪華にするのは難しいんですよ(笑)。

    でも、ともすると重たい、暗くて地味な作品だと思われてもおかしくないストーリーだからこそ、俳優の皆さんの力を借りたいなと考えていました。それに白石監督も賛同してくれて、これだけの役者陣が集まってくださった。堂下さんは非常に重要なキャラクターですから、佐々木蔵之介さんにお願いできてよかったです。

    ―― 田中裕子さんのお名前は最初から挙がっていたということですが、やはり圧倒的な存在感でしたね。

    田中裕子さんが演じた“こはる”には、ファーストシーンから終始圧倒されっぱなしでしたね。「ひとよ」の撮影は15年前のシーンから始まったんですけれど、あのシーンによってこの作品の向かっていく方向性が決まったといっても過言ではないと思っています。

    その時はまだ稲村家の三兄妹(佐藤健・鈴木亮平・松岡茉優)は現場入りしていなくて、彼らは、15年前のエピソードを編集したラフを見てから撮影に入っているんです。おそらくそのラフで、稲村家にどんなことがあって“今の自分たち”が何に囚われているのかをそれぞれが掴んだと思うんです。その中心にいるのが田中裕子さんなので、「ひとよ」がこのような作品に仕上がったのは、やっぱり田中裕子さんの存在が非常に大きいです。

    ―― 男性か女性かわからないようなスーツ姿の角ばったシルエットひとつとっても、稲村家の背負っているものというか、その場に蔓延するただならぬ空気が伝わってくるようでした。

    田中さんはキャラクターの造形にもとても積極的に参加してくださって、スーツに関しても、衣装合わせの段階から監督と田中さんが意見を出し合いながら決めていきました。最初にご提案いただいたのは、「15年後に戻ってきたときのこはるは、すべて白髪にしたい」ということです。「こはるの15年前・15年後をどう描くか」という「ひとよ」においてキモとなる重要なご提案をいただきましたし、実際、すべて地毛で白髪になるようほかのお仕事を半年くらいの間セーブして挑んでくださいました。

    ―― 個人的には、松岡茉優さん演じる園子も非常に印象的でした。あの明るさが痛々しくもある一方、稲村家がこれからを生きられるようになる過程には必要不可欠でもあり……。

    園子に関しては、松岡さん以外の方が演じていたら「ひとよ」そのものがまったく違う作品になっていたと思います。今にして思うと、恐怖といってもいいくらいですね。

    実は台本上は、園子はああいうキャラクターではないというか、人物像をはっきり示すような情報はないんですよ。唯一の手がかりといえるのが、最後の改稿で脚本に加えた「父親に似たDV男と付き合っている」という要素。原作の舞台には少し描かれているようなんですが、脚本からは最初外していたんです。「やっぱりこれを加えたほうが、園子の“影”が見せられるかな」という色付けで足したくらいのつもりだったんですけど、いざ松岡さんが演じるとそれを超える“園子”がそこにいて。

    松岡さんが演じたからこそ、園子が、稲村家のあの絶妙なバランス感を成立させる接着剤のような存在になりえたんだと思います。

    ―― そんな園子と対照的なのが、いつまでも母・こはるを許そうとしない次男の雄二(演:佐藤健)です。雄二の持っているICレコーダーは「15年前に囚われている稲村家」を象徴するものでもありますが、これを物語の軸にするというアイデアは、高橋プロデューサーによるものだそうですね。

    あらかたの脚本ができてからも、稲村家に何かもう一つ“足枷”が必要なのではないか、それを作るにはどうすればいいかをずっと考えていました。その時からうっすらと「ボイスレコーダーに実はメッセージが残っているというのはどうだろう」という案が頭にはあったんですが、それにはっきりとした輪郭が生まれて提案するに至ったのは、佐藤健さんの言葉がきっかけでした。

    その日は佐藤健さんと顔合わせをした後に、脚本打ち合わせをして、最終脚本に向けた作り込みをしていくというスケジュールを組んでいました。その顔合わせのとき、佐藤さんが「雄二がなぜあそこまで『15年前の事件』と『母親』にこだわるのか、もう少しヒントが欲しい」というようなことをおっしゃったんです。

    あんなことがあれば過去に囚われるのも当然なんですけど、それよりも重要なのは、親子それぞれの思いのすれ違いであり「母親が自分たちのためにあそこまでしてくれたのに、自分たちは何もなし得ていない」というふがいなさです。ICレコーダーを軸にし、“15年前のこはるの声”が母の願いと子の希望としてそこに残っていることで、雄二をはじめとする兄妹の想いがより強調されるのではないかと提案しました。

    ―― そもそもICレコーダーは、こはるが買ってくれたものであり、雄二の「夢」を表すものでもありますからね。

    園子にも美容師になりたいという夢がありましたし、大樹にしても「幸せな家庭を築く」という、いうなれば平凡で、ちょっと頑張れば一番実現の可能性が高いことですらできていないという“足枷”があります。ICレコーダーはそれを表すだけでなく、彼らが前へ進むためのアクションを起こすモチーフにもなってくれました。

    でも僕がしたのは提案だけで、正直、あんなふうに形にしてくださるとは思わなかったですね。あれは髙橋泉さんの脚本と、白石監督の演出の力です。

    ――「ひとよ」で描かれた“家族”について、高橋プロデューサーご自身が共感されたところはありますか?

    「こはるが帰ってきたことがすぐに周囲に知れ渡る」とか「ほとぼりが冷めるどころか、15年経っても事あるごとにぶり返す」とか、そういう閉塞感は僕もよくわかりますし、自分たち家族にとっては別になんてことないのに、周囲から違和感や嫌悪感を示された経験もあります。

    でもそれを気にしたところで、自分たちはそれまでも家族として育ってきたわけだし、友達や仕事ならまだしも、家族の絆を断つって人間関係において一番大変なことだと思うんです。

    ―― そういう意味では、稲村家が互いに対して抱いている感情は、家族のありようとして普遍的ともいえますね。

    あとは、堂下さんの存在によって際立つ「親子のすれ違い」ですね。僕も自分の子どもに対して、やりたいことをやらせてあげよう、この子のためにできることをしてあげようと思うけれど、望んだことをさせてあげたところで100%それがその子の夢になって叶うとも限りませんし、もしかすると将来「あんなことさせやがって」と恨まれる可能性だってある。「親の心子知らず」とは誰しも経験するものだ、と反対の気持ちもあるでしょう。親子ってそういうものだなというのは、僕に限らず、「ひとよ」を作っていくうえで監督、脚本家のみんなで共有していたことです。

    ―― それでは最後に、ちょっと心が軽くなるような(笑)撮影時の裏話を教えてください。

    まずは、音尾琢真さんにやっと「いい人の役」をやってもらえて本当によかったです(笑)。音尾さんは「日本で一番悪い奴ら」から始まって、「サニー/32」「孤狼の血」「麻雀放浪記2020」「凪待ち」……と“白石組の常連”なんですが、そのなかでも今回演じてくださったこはるの甥・丸井進は、音尾さんが白石組で演じた役柄で唯一といっていいほどのいい役です。

    それから撮影時で印象的だったのは、こはるが「デラべっぴん」を万引きした後の、橋の上での長回しです。物語において重要なシーンであることはもちろん、「一つミスをすれば頭からやり直し」という緊張感が漂っていて、田中裕子さんはカメラが回る前からピリッとした空間を作っていらっしゃいました。田中さんの後を歩く佐藤さんと鈴木さんも、非常に緊張した雰囲気で。

    それなのに、(田中さんの)視界に入っていない音尾さんと松岡さんだけは「デラべっぴん」を笑いながらずーっと読んでるんですよ(笑)。それで撮影の声がかかると、すぐに「進」と「園子」の顔になる。あの空間はものすごく違和感があって面白かったですね。もしできれば、メイキング映像として皆さんにもお見せしたいです。

     

    映画「ひとよ」作品情報

    監督:白石和彌
    出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟(千鳥)、佐々木蔵之介・田中裕子
    脚本:髙橋泉
    原作:桑原裕子「ひとよ」
    製作幹事・配給:日活
    企画・制作プロダクション:ROBOT

    11月8日(金) 全国ロードショー

    hitoyo-movie.jp

    ひとよ
    著者:長尾徳子 桑原裕子
    発売日:2019年09月
    発行所:集英社
    価格:704円(税込)
    ISBNコード:9784087440300

    © 2019「ひとよ」製作委員会




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