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  • 「楽園」は原作『犯罪小説集』への“アンサーソング” 瀬々敬久監督がタイトルに込めた思いとは

    2019年10月18日
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    日販 ほんのひきだし編集部 猪越
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    5つの犯罪と、それにかかわる人々の業と哀しみを描き出し、吉田修一さんの最高傑作と評される『犯罪小説集』。

    そのうちの2編を、「64-ロクヨン-」など話題作を次々に手掛ける瀬々敬久監督が映画化した「楽園」が、10月18日(金)に全国公開されました。

    脚本も担当した瀬々監督に、制作時のエピソードや原作について、また「楽園」というタイトルに込めた思いを伺いました。

    瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)
    1960年5月24日生まれ、大分県出身。89年「課外授業 暴行」で監督デビュー。「ヘヴンズ ストーリー」(10)で第61回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、NETPAC賞の二冠を獲得。「アントキノイノチ」(11)では第35回モントリオール世界映画祭でイノベーションアワードを、「64 -ロクヨン- 前編」(16)では第40回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。「最低。」(17)では第30回東京国際映画祭コンペティション部門に出品。その他映画監督作品に、「MOON CHILD」(03)、「感染列島」(09)、「ストレイヤーズ・クロニクル」(15)、「64 -ロクヨン- 後編」(16)、「8年越しの花嫁 奇跡の実話」(17)、「友罪」「菊とギロチン」(18)、「糸」(20公開予定)など。

    犯罪小説集
    著者:吉田修一
    発売日:2018年11月
    発行所:KADOKAWA
    価格:704円(税込)
    ISBNコード:9784041073865

     

    「楽園」は皮肉なタイトル?

    ――「楽園」は、『犯罪小説集』の中の「青田Y字路(あおたのわいじろ)」と「万屋善次郎(よろずやぜんじろう)」を原作とした作品ですね。映画では「青田Y字路」の主人公である豪士(たけし)と「万屋善次郎」の善次郎、そして「青田Y字路」に登場する紡(つむぎ)の、3人の運命が描かれていきます。紡の物語は映画オリジナルの部分が大きいですが、本作を彼女の目線で描かれたのはなぜですか?

    まずその2編を1本の映画にしようとしたときに、2つの物語をつなぐ人物が必要だと思いました。

    豪士は、未解決のままの少女失踪事件の容疑者となった青年。善次郎は、親の介護のために戻った集落で村八分になり、孤立していく人物です。紡は、「青田Y字路」で行方不明になってしまった愛華と、失踪直前まで一緒にいた少女。その紡を接着剤として、2つの事件を結び付けられないかと考えました。

    そして、原作では愛華の失踪がトラウマとなっている紡をはじめ、愛華の祖父や、妻に先立たれた善次郎など、「残された人たち」の苦悩がさまざまに描かれています。

    映画では、紡をその苦悩を代弁する中心的な存在として、彼女がトラウマと向き合っていく姿を描くことで、物語を帰結点へ向かわせようと考えました。

    ▼紡を杉咲花さん、豪士を綾野剛さん、善次郎を佐藤浩市さんが演じます。

    ――『犯罪小説集』から「楽園」へと、タイトルを大きく変更されていますね。

    最初は「Y字路」といったタイトル案が出ていたんですけれど、それはこの物語の犯罪的な側面を表したもの。普通はそこから考えるのかもしれないですが、それがピンと来なかったのは、この作品が、どこかで「より良く生きたい」「いま生きている場所をもっと良くしたい」と願っている人たちの物語だからだと思うんです。

    善次郎がはちみつで村おこしをしようと思ったのもそうですし、幼い頃に外国人の母親とともに来日した豪士も、鬱屈した日々のなか、本心では“ここではないどこか”を求めていたのではないでしょうか。

    そういう人間が抱く当然の欲望が、ボタンの掛け違いのように周囲とすれ違っていくことで犯罪へとつながってしまうのが本作。けれども、彼らが希望や光を見つけようとする姿は、どこか「楽園」を目指す行為と近いのではないか。

    そういう意味で、最終的にこの「楽園」というタイトルに思い至ったんです。豪士や善次郎にとっては、皮肉なタイトルなのかもしれませんが。

    ――映画は「罪」「罰」「人」という3章で構成されていますが、そのねらいについて教えてください。

    まず一つは、豪士、紡、善次郎を中心とする物語が入り組んでいるので、チャプターを入れることで、構成がわかりやすくなるのではないかと思いました。

    もう一つは、「罪」で犯罪というつかみが描かれていき、「罰」では愛華の祖父である五郎に業の深さを感じさせる状況が起こるなど、最初に起こった事件が展開して罰が与えられているような気がしたんです。

    生きている間には、犯罪や災害に遭遇したり、自分や身近な人に突然不幸が訪れたりする。そういう経験をすると、何で自分がこんな酷い目に合わなきゃいけないんだと、天からの罰のように感じられることもありますよね。

    でも、それが生きるということであり、最後には「人間」という存在に至るのではないかという思いから各章のタイトルを付けています。

     

    『犯罪小説集』は日本の世相を描いた語り部的作品

    ――吉田修一さんの小説について、どのような印象をお持ちですか?

    吉田さんの作品は、どれも日本の世相を切り取っていると思うんです。それを大言壮語するのではなく身近なものとして語りながら、今の日本のありように触れているところに惹かれます。

    『犯罪小説集』に関して言うと、語り部的な文学というか、昔の説話文学のような印象を持ちました。『犯罪小説集』の次に出た『国宝』は、まさに貴種流離譚のような発想で書かれています。そういう意味では日本の文学の根底に通ずるものを持ちながら、それを今の文学に翻訳するようなところがあると感じています。

    それから、場所の作り方もおもしろいですね。例えば『悪人』であれば、九州の田舎に住んでいる主人公が博多という都会に出ていくわけですが、その途中、犯罪という一線を超えるときの舞台として峠がある。『平成猿蟹合戦図』も『さよなら渓谷』も、舞台となる場所の特質の中で人々が生活し、何かが起こる。いずれも場所から物語が始まるんですね。

    ――本作でも事件が起きる“Y字路”など、舞台づくりにも非常に力を注がれたと伺いました。地方都市を舞台とした2編を原作とすることで、限界集落や移民、老々介護など、さまざまな問題が描かれていきますね。

    そうですね。ただ、本作への一番の動機となったのは、「なぜこんな悲惨な出来事が起こるのだろう」という思いです。

    現実の事件でもそうですが、そこには「それでもどうして人間は生きていかなければいけないと思うのか」「どうして人は人を愛するのだろう」という疑問がある。その謎を解き明かしたいし、その不可解さに迫るアプローチに興味があるんです。

     

    「楽園」は『犯罪小説集』へのアンサーソング

    ――もう一人、紡に思いを寄せる広呂(ひろ)という青年も、原作ではほんの少し登場するだけですが、映画では生や愛を体現する人物としてクローズアップされています。

    彼は脇役ではあるんだけれど、実はこの映画のテーマを語る人物でもあります。

    出だしはチャラい感じなのでそうは見えないと思いますけれど(笑)、広呂は、紡の“守護天使”として描きたかったんです。原作は短編なのでそこまで具体的に書かれていたわけではないのですが、読んだときに紡を見守る存在だという印象を受けたので、それをふくらませています。

    ――全編を通して、小説で描かれたモチーフが映像ではこういうふうに広がるんだなと、原作と映画の世界が呼応するような感じが興味深かったです。

    本作では、印刷台本以降に差し込んだ部分や、撮影しながら作っているシーンもわりとあるんです。

    この映画は脚本だけではなかなか難しいところもあって、限界集落とかY字路とか、そういう場所や空間があってはじめて役者が自由に演じられて、みなさんに伝わるものになっていると思います。だからこそ作りながら考えていった部分も非常に大きいですね。

    ――現場では、そのようにフレキシブルに撮影されることが多いのですか?

    今回は特に自分で脚本を書いているので、わりと自由にやらせていただきました。吉田さんの小説の世界を映画としてふくらませた、原作への“アンサーソング”のような一本になっていると思います。

     

    映画「楽園」作品情報

    【ストーリー】
    ある地方都市で起きた幼女失踪事件。家族と周辺住民に深い影を落とした出来事をきっかけに知り合った孤独な青年・豪士と、失踪した少女の親友だった紡。不幸な生い立ち、過去に受けた心の傷、それぞれの不遇に共感しあうふたり。だが、事件から12年後に再び同じY字の分かれ道で少女が姿を消して、事態は急変する。
    一方、その場所にほど近い集落で暮らす善次郎は、亡くした妻の忘れ形見である愛犬と穏やかな日々を過ごしていた。だが、ある行き違いから周辺住民といさかいとなり、孤立を深める。次第に正気は失われ、誰もが想像もつかなかった事件に発展する。
    2つの事件、3つの運命、その陰に隠される真実とは―。“楽園”を求め、戻ることができない道を進んだ者の運命とは―。

    監督・脚本:瀬々敬久
    出演:綾野剛/杉咲花
    村上虹郎 片岡礼子 黒沢あすか 石橋静河 根岸季衣 柄本明
    佐藤浩市
    原作:吉田修一『犯罪小説集』(角川文庫刊)
    配給:KADOKAWA
    rakuen-movie.jp

    10月18日(金)全国公開

    ©2019「楽園」製作委員会

     

    『犯罪小説集』刊行時のインタビューはこちら

    吉田修一さんインタビュー:最新作は5つの“犯罪”を描く『犯罪小説集』




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