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『告白』から11年――。作家生活10周年を迎えた湊かなえさんの書き下ろし長編ミステリー『落日』が、9月2日(月)、角川春樹事務所から発売されました。
“ラスト一行”の向こう側に「想像以上の景色が待っていた」と著者自ら語る同作。
何に着想を得たのか、そしてどのように書き進めていったのか。執筆当時を振り返ってのエピソードや、本作に込めた思いを教えていただきました。
新しい作品を書き始める際、担当編集者からひと言、言葉を投げてもらうことがよくあります。「手紙」と投げられて『往復書簡』を、「誘拐」と投げられて『豆の上で眠る』を書きました。今回は、担当編集者から「映画」、そして、角川春樹社長から「裁判」という言葉をいただき、どちらにも「おもしろそう!」というアンテナが反応したので、この二つを元に書くことにしました(必ずしも、テーマではありません)。
裁判シーンの出てくる映画を撮る話にしよう。実在する事件を映画化することになった人たちの話はどうだろう。ならば、登場人物は映画監督と脚本家……。このように、ストーリーを頭の中で広げていきました。どちらを主人公にしようか、と。
新刊が出たタイミングで、よく「なぜこの作品を書いたのですか?」と聞かれることがあります。私は「ラスト1ページの向こう側を知りたいし、見たいからです」と答えることが多いのですが、よく考えると、「知りたい」と「見たい」は別物です。「知りたい」の中心には「真実」があり、「見たい」の中心には「理想」があるのではないか、わたしはそのように考えます。そのため、主人公は「知りたい」という欲求が強い人と、「見たい」という欲求が強い人の、二人を立てることにしました。なぜ、二人はその思いに、囚われたり、突き動かされたりするのか。過去に、どのようなことがあったのか。何を抱えているのか。
作品を書くにあたり、初めて、裁判所の見学にも行きました。テレビドラマのように「意義あり!」といった言葉が飛び交う熱い場所だとは思っていませんでしたが、真実が追及される場だという期待はありました。ところが、その期待は的外れなものでした。自分に都合のいい事実を報告し合う場所。それが、見学後に持った感想です。精神鑑定書や裁判記録を読んでも、裁判が結審した事件ですら、加害者の本当の気持ちを知ることはできず、真実とはいったい何だろうと考えました。しかし同時に、だからこそ、現実の事件にフィクションの入り込む余地があるのではないかとも気付きました。加害者は犯行時、こういう気持ちだったのではないか。被害者とこんなやり取りがあったのではないか。裁判では語られなかったこんな事実があるのではないか。
今作は書下ろし長編ミステリーです。主人公二人の心情に寄り添いながら、どこにどんな謎が隠されているのかも、楽しみながら読んでいただきたいと思います。「えっ、これも伏線だったのか」という謎も出てくるかもしれません。タイトル『落日』を辞書でひくと、2番目くらいの意味で、「没落」といった縁起の悪い言葉が出てきます。しかし、日が落ちるから明日はくる。それは、誰の人生でも共通することです。最後1ページの向こうに見える景色は、読んだ方それぞれのものですが、それでも、光を感じていただけたら、幸いに思います。
あらすじ
新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督 長谷部香から、新作の相談を受けた。『笹塚町一家殺害事件』引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた。15年前に起きた、判決も確定しているこの事件を手がけたいという。笹塚町は千尋の生まれ故郷だった。この事件を、香は何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。“真実”とは、“救い”とは、そして、“表現する”ということは。絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語。(角川春樹事務所公式サイトより)
著者プロフィール
湊かなえ(みなと・かなえ)
1973(昭和48)年、広島県生まれ。2007(平成19)年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビューし、『告白』は「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第1位に選出、2009年に本屋大賞を受賞した。2012年「望郷、海の星」(『望郷』収録)で日本推理作家協会賞短編部門、2016年『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。2018年『贖罪』がエドガー賞ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門にノミネートされた。そのほかの著書に『少女』『Nのために』『夜行観覧車』『母性』『高校入試』『豆の上で眠る』『山女日記』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『ブロードキャスト』、エッセイ集『山猫珈琲』などがある。