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  • 紙でできた“居場所”:「サッカーボーイズ」にも“登場”した思い出の書店

    2019年09月07日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    累計60万部を突破した青春サッカー小説「サッカーボーイズ」シリーズで知られる、はらだみずきさん。8月20日に発売された『銀座の紙ひこうき』は、はらださんが銀座にある紙の商社に勤めていた80年代後半を舞台とした物語です。

    今回は、そんなはらださんならではの本と書店にまつわる思い出について、エッセイを寄せていただきました。

    はらだ みずき
    千葉県生まれ。商社、出版社勤務を経て作家に。2006年『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』でデビュー。「サッカーボーイズ」シリーズは累計60万部を超える。他の著書に、『最近、空を見上げていない』『スパイクを買いに』『ホームグラウンド』『サッカーの神様をさがして』『帰宅部ボーイズ』『はじめて好きになった花』『あの人が同窓会に来ない理由』『ようこそ、バー・ピノッキオへ』『海が見える家』『ムーンリバーズを忘れない』などがある。

     

    紙でできた居場所  はらだみずき

    書店に並んでいる本は、「紙」でできている。

    そんなことは言うまでもない。

    ならばこういう表現も許されるかもしれない。書店というのは、紙でできているのだ、と。

    僕が大学を卒業し、初めて就職した会社は、銀座にある「紙」を専門に扱う代理店だった。入社を決めた理由は、ほかにいくあてもなかったこと、そして、こうなったら「紙」に懸けてみよう、という半ばこじつけ的かつ捨て鉢な決意からだった、ような気がする。

    そんな当時の新入社員を主人公に、いつか小説を書けたら、と密かにあたためていた。酒の入った打ち合わせの際にでも漏らしたのだろう、覚えてくれていた編集者から、あの話を書きませんか、と声をかけてもらった。今年8月に中央公論新社より出版された、タイトルに「紙」が入った『銀座の紙ひこうき』という長篇がそれだ。言ってみれば、「紙小説」である。

    もちろん物語はフィクション。とはいえ、小説と同時代の銀座の街で僕は働いていた。1980年代後半、バブルと呼ばれた時代。もっとも自分自身は、それほど時代に恩恵を受けた覚えはない。

    働き始めた当時、うれしかったのは、自分の稼いだ金で、本や雑誌が自由に買えることだった。学生時代にも本や雑誌には親しんでいたが、図書館でアルバイトをしていたこともあり、本を借りて読むことも少なくなかった。社会に出て、書店で本を買う機会は確実に増えた気がする。

    昔、なにかの本で、「いつでもカツ丼を食えるくらいが幸せ」というせりふがあったと記憶している。なるほどと思ったものの、僕の場合、カツ丼を食える、ではなく、本に金を使える、がよりマッチする気がする。身銭を切って本を手にするという行為に、幸せを感じてもいた。

    新入社員時代、得意先から帰る途上、銀座通りに面した老舗の書店、教文館によく吸い寄せられた。といっても、まだサボりのテクニックも身につけておらず、ほんの10分くらいのおっかなびっくりの滞在に過ぎない。でもその時間が密かな楽しみだった。その際は下見をするだけで本は買わない。就業時間が終わってから、再び教文館へ出かけ、目当ての本をレジへと運ぶ。多くの場合、そのあとまた会社に戻り残業をしていたような気がする。

    朝の満員電車ではとてもできないが、帰りの都営浅草線で、買った本を鞄からおもむろに取り出して手にする。あくせくとした日々のなかで、手に入れた自分の本を開くときは、もうひとつの新しい世界への扉を開ける、そんな贅沢な瞬間でもあり得た。

    書店というのは、僕にとってまちがいなく必要な場所だった。

    高校生までは、地元の書店へよく足を運んだ。お店の主人は寡黙な人で、立ち読みをしている客に注意をしない。それをいいことに、とくに漫画本の棚には子供たちが列をなしていた。

    小中学生の頃は、僕もそんななかにまぎれ、店内で本を読み、不覚にも2度、涙した経験がある。いずれも少年漫画誌の立ち読みの最中で、感極まって泣いてしまったのだ。そのことはよく覚えている。

    拙著「高校サッカーボーイズ」というシリーズの主人公が入学する高校は、「青嵐高校」と名付けたのだけれど、その校名は、僕の子供時代の居場所であった、2度涙したことがある地元の書店、今はなき「青嵐書房」から拝借した。

    僕にとって、紙でできた本があふれている書店は、数が減っているとはいえ、これからもかけがえのない居場所であり続けるだろう。

    銀座の紙ひこうき
    著者:はらだみずき
    発売日:2019年08月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,870円(税込)
    ISBNコード:9784120052262

    銀座にある紙の専門商社「株式会社銀栄紙商事」に入社した神井航樹は、仕入部に配属された。時は80年代――雑誌の黄金期である。航樹は、同期の由里や樋渡らとともに用紙の確保に奔走する。

    〈中央公論新社 公式サイト『銀座の紙ひこうき』より〉

    (「日販通信」2019年9月号「書店との出合い」より転載)

     

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