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2019年4月に白濱亜嵐さん主演でドラマ化され、話題となった早見和真さんの『小説王』。『店長がバカすぎて』は、その早見さんが前作に続いて“本”の業界を描いた、すべての働く人々に向けたエンターテインメント小説です。
執筆のため、たくさんの書店員に取材をしたという早見さんですが、その過程で「どうしてもわからないこと」が浮かび上がってきたそうです。今回は、その“難問”について、早見さんにエッセイを寄せていただきました。
早見和真
はやみ・かずまさ。1977年、神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』でデビュー。同作は映画化・コミック化されベストセラーとなる。2014年『ぼくたちの家族』が映画化。2015年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。他著に『ポンチョに夜明けの風はらませて』『95 キュウゴー』『神さまたちのいた街で』『小説王』など。創作童話に『かなしきデブ猫ちゃん』(絵・かのうかりん)がある。
馴れ合っていると見られるのが極度にこわくて、これまで書店員さんとは適度に距離を取りながらつきあってきました。
それが、新刊『店長がバカすぎて』を執筆するに当たり、取材と称して、ほとんどはじめてたくさんの書店員さんと深く話をさせていただきました。
彼ら、彼女らの口から出てくる“書店”は、これまで僕がただ「楽しい」としか感じていなかった場所とはずいぶん景色が違っていました。
心を切り刻まれるような万引きの話、無理難題ばかり押しつけてくるお客さんのこと、版元や著者に対する声に出せない不満、そしてタイトルにまで反映させた、話の通じない上司について……。
みなさんからの話の大半は、物語という形を借りて、あるいは笑いという手段を使って、なんとか作品に盛り込めたという自負があります。
ただ一つ、大きな問題を孕んでいると感じながら、答えの片鱗すら見つけられず、一行たりとも描写できない話がありました。
途端に生々しいことを記しますが、クレジットカードの手数料についての問題です。
政府が一丸となって推進している小売店の「キャッシュレス化」──。そんな新聞記事でしか目にしないようなことが、いきなりリアリティを伴って自分の前に横たわった気がしました。
一般にクレジットカードの利用手数料は定価の3〜5%であるそうです。つまり、これまで長く、ざっくりと「著者」10、「出版社」60、「取次」10、「書店」20%と色わけされてきた本の配分を描いた円グラフに、突然3〜5%の正当な権利者である「カード会社」が現れたというわけです。
その3〜5%という取り分が多いのか、少ないのか。それさえ僕にはわかりませんでした。
ただ、小説家という人間が準備に何年もの時間をかけ、死にものぐるいで一冊の本を書き上げて、手にできるお金は定価の10%です。それを少ないと主張するつもりはありません。が、カード会社の取り分を聞いてしまうと、正直モヤッとします。
もう一つ釈然としないのは、その3〜5%を書店が負担するのが当然なのかということです。べつに正義漢ぶるつもりはありませんし、「それならお前が10%から1%でも返上しろ」と命じられたら、断固「イヤだ!」と声を上げるのですが、自由に売値を決められず、ただでさえ利益率の低い書店において、この数パーセントが痛手であるのは想像するまでもありません。
Googleで〈書店〉〈キャッシュレス〉と検索すれば、聞こえのいい話がたくさん出てきます。でも、僕には端末の導入が店の売り上げにつながるのかわかりません。少なくとも僕は「あそこの店はカードが使えるから」といった理由で書店を選んだことがありません。
僕史上もっとも答えのないエッセイです。同じ理由で『店長がバカすぎて』に盛り込めませんでした。そもそも書店がカード払いをイヤがっているのかもわかりません。僕がちまちま考えたところで、キャッシュレス化の流れは止められるはずもありません。でも、でも……。
という悶々とした考えをまとめたく、このページを借りました。
一つだけ言えるのは、お客さんにはなるべく現金でお支払いしていただけると嬉しいということでしょうか。
いや、それさえも「人手がかかる」という意味において正しいのかわかりません。
本当にわからないことだらけなのです。みなさんと一緒に考えられたら嬉しいです。
【著者の新刊】
「幸せになりたいから働いているんだ」谷原京子、28歳。独身。とにかく本が好き。現在、〈武蔵野書店〉吉祥寺本店の契約社員。山本猛という名前ばかり勇ましい、「非」敏腕店長の元、文芸書の担当として、次から次へとトラブルに遭いながらも、日々忙しく働いている。あこがれの先輩書店員小柳真理さんの存在が心の支えだ。そんなある日、小柳さんに、店を辞めることになったと言われ……。
〈角川春樹事務所 公式サイト『店長がバカすぎて』より〉
(「日販通信」2019年8月号「書店との出合い」より転載)
・『小説王』早見和真×編集者インタビュー 作家の心を動かした「作品が向かうべき読者」とは