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  • 森絵都が振り返る、最新作『カザアナ』の“前提と誤算”

    2019年07月21日
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    ほんのひきだし編集部
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    戦後の「塾業界」を舞台に親子3代にわたる奮闘を描いた『みかづき』が、今年1月にドラマ化され話題となった森絵都さん。

    7月5日(金)に発売された最新作『カザアナ』は、東京五輪から約20年後、監視社会が進む日本を舞台とした長編小説です。

    本作の執筆時、森さんは「この小説は絶対に楽しいエンターテイメントでなければならない」と考えたそう。『カザアナ』に込めた想いについて、エッセイを寄せていただきました。

    カザアナ
    著者:森絵都
    発売日:2019年07月
    発行所:朝日新聞出版
    価格:1,870円(税込)
    ISBNコード:9784022516145

     

    前提と誤算   森絵都

    新しい小説に取り組む際、いつも脳裏をよぎる言葉がある。四半世紀も昔、女友達の一人がぽつりと洩らした一語だ。

    「深刻な小説は読みたくないの。辛いことは現実だけで十分に間に合っているから」

    当時の彼女がどんな問題を抱えていたのか私はよく知らない。が、その言葉は目に見えない無数の読者の総意のような重みをもって私の胸に刻まれた。

    彼女に限らず、誰もが自分のそれだけで十分な困難を抱えて日々を生きている。だから、深刻なことを深刻に描きすぎてはいけない。新刊『カザアナ』で少し未来の日本を舞台に物語を構築した際も、私の中にはまずその前提があった。

    東京五輪から約20年後の日本――監視社会が極端に進んだその空には国民を見張るドローンカイトが舞っている。観光産業に国の命運を託した政府は〈古き良き日本〉の再生に躍起となり、景勝特区なる俄仕立ての観光地までこしらえて外国人観光客を呼びこもうとする一方で、そのイメージにそぐわない異分子を排斥する。観光政策に非協力的な住民は景勝特区外へ追いだし、外国人労働者は地下の居住区で管理。日本国民は国への忠誠度を数値化した「参考ナンバー」なるものに振り回されて萎縮を極めている。

    こうして設定を連ねてみると、事態はかなり深刻だ。窒息寸前まで閉塞の進んだイヤな社会。だからこそ、この小説は絶対に楽しいエンターテイメントでなければならない、と私は考えた。この窮屈で重苦しい世界に爽やかな風を送りこみたい。小説にしか出来ないやり方で風穴を開けたい――でも、どうやって?

    かくして生まれたのが、自然との特異な交感能力を持つ「風穴」なる人々だった。空と通ずる空読。虫と通ずる虫読、そして、石と通ずる石読。いわば自然界を味方につけている彼らが、未来のハイテク社会に超アナログなやり方で立ちむかう。なんとも奇妙な設定ながらも、いざ執筆に入ってみると、風穴たちは意図した以上にへんてこりんな存在感をもって活躍してくれたし、必要以上に活躍しないでくれた。

    誤算だったのは、そんな風穴たちと親しくなっていく入谷一家だ。母1、娘1、息子1で構成されたこの家族は、抑圧された国民の代表として存在するはずだったのだが、なかなか、どうして、彼らが抑圧されないのである。書けば書くほど、のびのびしていく。とりわけ母親の由阿は、私がこれまで描いた女性キャラクターの中でも最強の女となったのではないかと思う。こんな家族がいるのなら、べつに風穴がいなくてもよかったのでは――執筆中、そんな疑問が何度か頭を掠めたほどだ。

    少し未来の日本。異能の人々と最強家族。なんだかよくわからない小説だなと思った方、どうか読んでください!

    森絵都 Eto Mori
    1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業。90年「リズム」で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞、本屋大賞2位。著書に『永遠の出口』『いつかパラソルの下で』『ラン』『この女』『漁師の愛人』『クラスメイツ』『出会いなおし』など多数。『カザアナ』刊行を記念して、自身初のサイン会が、東京(丸善・丸の内本店)と大阪(紀伊國屋書店梅田店)で開催される。




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