• fluct

  • 2組の夫婦を通して愛と性の漂流を描く 辻仁成『愛情漂流』インタビュー

    2019年06月21日
    楽しむ
    ほんのひきだし編集部 猪越
    Pocket

    5月24日(金)に発売された、辻仁成さんの『愛情漂流』。「『冷静と情熱のあいだ』から20年ぶりの100%恋愛小説」と辻さん自身が銘打つ、愛と性をめぐる大人のラブストーリーです。

    長らくフランスに暮らす辻さんが、今の日本の“漂流者”たちに向けて描いたという本作。その物語はどのように生み出され、どんな思いが込められているのか、辻さんにお話を伺いました。

    愛情漂流
    著者:辻仁成
    発売日:2019年05月
    発行所:竹書房
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784801918689

     

    誰もが漂流している“今”を恋愛小説に

    ――『愛情漂流』は、同じ幼稚園に子どもを通わせる2組の夫婦を通して描かれる物語ですね。本作を書かれたきっかけについて教えてください。

    僕はフランスに住んで20年近くになるので、ここ最近は日本に来ると、外国に来たような感じがするんです。日本の“今”みたいなものが逆によく見えるのですが、「愛情が漂流しているな」という感じを受けることがあって。

    そんな時に「人間がいろいろと悩んでいる、壁にぶち当たっている時代の恋愛小説を書いてもらえないか」と、竹書房の編集者に言われたんです。恋愛小説といわれるものはずいぶん長く書いていなかったし、今だったらど真ん中の作品が書けるかもしれないなと思って、引き受けることにしました。

    ――本作は二部構成となっていますが、第一部は芽依汰、理沙、純志、早希の4人それぞれの視点で物語が展開していきます。1人の主観が、ほかの3人を客観的に描き出すことによって、人となりと関係性が立ち上がってくる。その読み心地に引き込まれました。

    さまざまな読者がいますから、1つの視点からだけ書くと相容れない人も出てきますよね。

    人は社会のカテゴリーとか常識の中で生きなきゃいけないから、表向きはみなさんしっかり係留している。でも、たとえば夫婦として長く一緒に暮らしている人も、恋愛しながらも誰とどの大陸に上陸しようか迷っている人も、主婦として子育てしている人も、実は漂流している。

    悩んでいる人が、“壁”を突き抜けるために立ち止まって考えられるような作品にしたかったので、誰もがどこかに当てはまる、感情移入できる部分を、4人の中に配置してみようと思いました。

    ――――性的興味を持てないことで妻とすれ違う夫、“⼥”として愛されることを求め、ママ友の夫を誘惑する妻、⾃分に関⼼のない妻に不満を募らせる夫、⼼に深い傷を抱え、夫との価値観の違いに苦しむ妻……。「〇〇の場合」といった章⽴てで物語が進⾏していきますが、まさに各⼈の事情や状況に⼊り込んで、考えさせられました。

    それはきっと、⾃分や⾝近な⼈に当てはめて、何を悩んでいるのか、考えているのかを考察できるからですよね。

    どんなに仲睦まじい夫婦であっても、異性に対して特別な感情が⽣まれることはあるでしょう。そこで⼀線を越えるかどうかの違いであって、その境⽬はどこにあるのか。

    それをただストーリーとして追うのではなくて、その中にある感情の起伏や⼈間の向かう先を辿ることで、悩んでいる⼈たちにある種の光を提⽰するのが⼩説であり、⼩説というのは元々そういう哲学の本だと思うんです。

     

    感情描写だけで、人間の本質を描き出す

    ――“感情の起伏”という意味では、本作はまさに4人の心の動きを通して紡がれていく物語ですね。

    今回は、人間の感情描写だけで構成していこうと思いました。彼らが何を考えて、何にうろたえて、どこへ向かうのか。登場人物それぞれが、自分の感情が揺れ動くことによって振り回され、読者もそれに巻き込まれていく。

    しかも4人が暮らすのは、東京のどこにでもあるような住宅地。以前書いた『冷静と情熱のあいだ』や『サヨナライツカ』では、フィレンツェやバンコクを舞台に心地よい風を吹かせましたけれど、自分の地元のような場所では読者も酔えないですよね。

    そういうリアルな世界観で、一人一人が自分たちと重ね合わせられるような物語を書いてみたいという思いもありました。

    ――それぞれの人物が持つ背景と行動原理もリアルでしたが、どのように彼らを造形されたのですか?

    作者側からすると、芽依汰なら芽依汰の、理沙なら理沙のモビルスーツがあって、僕はその中に順番に入って、彼らになりきって動かしていくだけなんです。

    最初は大変ですが、やがて誰かが「僕のことは、この辺でこういうふうにしてくれないか」と言ってきたりする。そうすると僕は、「なるほどそういう手があるね」と一人で興奮したり、感動したりしながら書いていく。それが、小説を作る楽しみでもあります。

    ――そうすると、人物たちの思うままに心の動きを描かれていった形ですか?

    ただ一つ、彼らを動かすときのルールは決めていました。それは、「誰か一人だけを悪者にしない」ということ。今の世の中を見ていると、何かあるとSNSなどでみんなで一斉に攻撃しますよね。一人一人はいい人に見えるんだけど、集まると攻撃的になったり、心の奥底に悪意を隠し持っていたりする。

    僕が興味のあるのも、綺麗に見える表面ではなくて、そういうドロドロした裏側の世界。登場人物たちを戦わせる中でその本音を出させて、それを突き抜けたところに救いがあればいいんじゃないかと思うんです。

    そういう愛憎劇ではあるんですけれど、人間の本質を、愛情の漂流をテーマに描き出そうとすることは、とてもおもしろい仕事でした。

     

    人間の視点と神の視点

    ――第二部は、ガラッと視点が変わって、第三者の視点からそれぞれの“漂着地”が描かれていきます。

    第一部は一人称、第二部は三人称で書いていて、簡単にいうとそれだけの違いですけれど、三人称というのは要するに神の視点なんです。

    アテネの円形劇場で行なわれている愛憎劇を観客席から見ていて、その視点でこの物語を完結させていったようなイメージでしょうか。そもそも不倫というのは2000年以上前の時代からあって、世界中で同じような愛憎劇が繰り返されている。

    そんな進歩のない中でも、本作に登場した4人は結果としては成長して、それぞれの幸せや自分というものをつかんでいく。第一部と第二部の間で時間と視点が変化することで、その間に彼らにどのような変化があったのか、その部分をどう読み解いてくれるのかは、読者にゆだねています。

    ――物語の結末には思いもよらない出来事が起こりますね。それは、当初から考えられていたことなのですか?

    小説の結び目は、登場人物が決めるものなんです。

    僕は設計図を書いて小説を書いたことがありません。そういう書き方は、僕にとっては自分を裏切れないからおもしろくないんですよ。常に自分と読者を裏切っていくためには、自分に「自覚がない」ということが必要です。

    パソコンの前で登場人物に憑依して、僕が芽依汰だったら、理沙だったら、読者だったらどうするかなと考えながら、しかもそれを裏切りながら進んでいく。

    そうやってまとまらないくらいのところまでいくと、今度は物語のほうから答えを教えてくれるんです。「お互い傷ついたし、そろそろ和解して赦し合うときなんじゃないの?」と。それを教えてくれるのは、いつも時間。僕は宗教を持たないけれど、その時間こそが神というものだと思っています。

    ――確かに、読み手が「そっちに行ったら楽になれそうなのに」と思っても、登場人物たちには予想を裏切られますね。

    実際の人生も、だいたいそうですよね。僕は、幸せな人生だったかどうかは最期までわからないと自分に言い聞かせているんです。

    人間は、誰でも死に向かって生きています。その「死」を自覚することが、幸せへの第一歩だったりする。人生にはいろんなことがあって、ジェットコースターみたい。いいこともあれば悪いこともあるけれど、それを全部乗りこえて、死ぬ瞬間に「いい人生だったな」と思えたら最高じゃないですか。

    焦って進むよりも、一歩一歩楽しんで、心豊かに人生を生きていくために、人間は試練を乗り越えていく。答えはないんですよ。いかに生きるか、死ぬかということのために右往左往して、漂流しているわけだから。

    だからこそ、次第に「こういうことなんだな」とわかっていくことがすごく大事。僕は小説と向き合って、考えること、哲学することで、そういう人生に向かって一段一段上がらせてもらっていると思っています。

    そういう意味でも、この『愛情漂流』は、最近書いた中でもっとも手応えのあった作品。毎回そう言ってますけどね(笑)。コミカライズも決定しているので、それぞれどのように読者に届くのか、僕も楽しみです。

    愛情漂流
    著者:辻仁成
    発売日:2019年05月
    発行所:竹書房
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784801918689

    愛はあるけれど性などいらない夫
    愛も性も求める妻
    性のために愛を見失う夫
    性も愛も超えた魂の結びつきを求める妻

    子どもが同じ幼稚園に通う二組の夫婦。パートナーに対するほんの少しの隙間から始まった不倫が、4人の運命を大きくかえてゆく。

    〈竹書房 公式サイト『愛情漂流』より〉

    辻 仁成 Hitonari Tsuji
    東京都生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。詩人・ミュージシャン・映画監督・演出家としても活躍。現在は活動拠点をフランスに置き、創作に取り組む。著書に『永遠者』『日付変更線(上・下)』『真夜中の子供』など多数。

     

    関連記事

    「息子よ。」辻仁成のツイートが1冊に!息子と自らを励ます言葉が心に沁みる『立ち直る力』発売
    辻仁成さんの読書日記:“食べることは生きること”を実感する3冊




    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下

  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る