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大学時代から同じワンルームアパートに住む、27歳のフリーター・井川幹太を主人公とした小説『ライフ』。
真上の部屋に住む親子の騒音に悩まされていましたが、思いがけずその親子との交流が始まったことで、生活に変化が訪れていく物語です。
ほんのひきだしでは、著者の小野寺史宜さんのインタビューを掲載しています。この記事は「後編」です。
――「世界は空っぽなのだと思う」という幹太の言葉も印象的でしたが(インタビュー前編を参照)、幹太と同じコンビニで働く主婦・大下さんの言葉も印象的でした。「井川くんには、価値がある」と断言し、自分自身がいつも笑顔であることについても「わたしの価値はそこだから」と言っています。
大下さんは基本は明るい人ですけど、旦那さんがリストラされたという背景があります。相当ショックを受けているからこそ、その言葉が口から出てきちゃったような部分はあるかと思います。
――苦労しているからこそ、自分に言い聞かせている部分があるのでしょうか。
そうですね。リストラによって、家族そのものを社会から否定されたような感じを受けているんです。逆に言うと、旦那さんとの信頼関係は相当強いともいえます。
この小説には幹太の両親とか戸田夫妻とか、色んな夫婦が出てくるんですけど、そのなかでも特に結びつきが強い夫婦を出したかったんです。ただ仲がいいだけじゃなくて、旦那さんが苦境に陥った時にどう動けるか、ということで大下さんは出したかったんですね。
旦那さんがリストラになったときに、見放しちゃう人もいると思います。ただ大下さんは、それを旦那さんのせいにするのではなくて、旦那を選んだのは自分だと考えられる人だと思うんです。
だから僕は大下さんは相当好きです。でもこういう人って多分、誰でも身の周りに一人はいるのではないでしょうか。
――自分の人生を主体的に生きていて、つまずくことがあっても「自分で選んだことだから」と納得して前に進める人、ですね。
はい。それは本当に、職業にかかわらず、どこにでもきらめく人はいますよね。
――夫婦のお話が出たので、気になっていることをお聞きします。小説のなかで印象的だったのは「浮気」という要素です。幹太のお父さんも、真上の部屋に住んでいる戸田さんも「過去に浮気をしてしまった」という共通点がありますよね。
僕自身、浮気のメカニズムを知りたいなと思っていて。わからないじゃないですか。答えなんか出ていないと思うんですけど。
スタート地点に立った状態で「あなた浮気しませんか?」って聞かれたら、皆しないって言うと思うんです。だけどそういうのは色んな要素で、気が付いたら始まっていたということもあるとは思うので、一概には否定はできないとも思っています。
一方で、多分全体の何割かは浮気だからしたいという人もいるんでしょうね。そういうところの謎を解き明かしたいなとずっと思っています。今作でもまだ解き明かし中ですね。あ、一応僕は浮気がオッケーといっているわけではないですからね(笑)
――ほのぼのとしたシーンが多い『ライフ』ですが、「死」についての描写が至る所に散りばめられているように思いました。幹太の父親が病気で亡くなっていたり、幹太自身も“死ぬかと思った”というような体験をしたりしていますね。
例えば道を歩いていて、たまたま50cmずれていただけで人は死ぬこともあるじゃないですか。その50cmで、全くの無傷で助かることもありますよね。
そういう状況に僕は揺すられてしまうというか、本当に死ぬか死なないかは紙一重なことだなという思いが常にあります。自分の周りに「死」というのは相当数あるので、それを幹太に意識させたかったという感じですね。
――幹太が「唾石」を患って、もの凄く痛い思いをする場面がありますが、そこでの「死にたくないとはっきり思った」という一文がすごく鮮烈でした。
それはもう本当に本能的ですよね。実は唾石って自分の経験なんですよ。
――そうなんですか! やっぱり痛いですか?
相当ですよ。しかも急にくるので。普通にしていたのにあれあれあれっていう感じで、立ってられなくなって、転げまわって、自分じゃ救急車呼べないなってなります。
相当強烈な体験で、20代か30代くらいの経験だったので焦りました。本当に、これは絶対体の中で何か起きちゃったな、っていう。やっぱり死につながるんじゃないかなって初めて思いましたね。それで、これはどこかで使ってやろうと思いました。
――そういった「死ぬかと思った」という経験が、何かの原動力になる瞬間はあるのかなと思いました。
とっさには思いますよね。そうなったときに。このあと自殺しようと思っている人でも、急にそうなっちゃったら「これではやめてくれ!」っていうのはあると思います。
――今後、どのような物語を書いていきたいですか。
僕の小説は「大きいことが起きない」って毎回枕詞のように言われるんです。それはあまりこれからも変わらなくて、常に僕は生活に、肌の感覚に近いところで書きたいなという思いがあります。
ほかの方ならわざわざ書かないだろうというところをどんどん拾って、身近なところから離れたくないなという思いがありますね。
――この物語をどんな人に読んでもらいたいですか。
世代関係なく読んでもらいたいです。今回は意図して、幹太は10歳に満たない子どもから70代の人まで、一通り全部の世代の人に必ず1回は接するんですよ。それが町で生きるということだと思うので。
どんな世代の人が読んでもわかるお話にはなっていると思うので、皆さんに読んでもらいたいですね。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
ただただ楽しんでいただきたいです。よく言うのですが、音楽って曲を知ってても聴きたくなりますよね。そんな風に小説を楽しんでいただければいいと思います。
あのシーン、もう一回読みたいなとか。そういう感じで読んでいただけたらありがたいです。
――ありがとうございました。
アルバイトを掛け持ちしながら独り暮らしを続けてきた井川幹太27歳。気楽なアパート暮らしのはずが、引っ越してきた「戸田さん」と望まぬ付き合いがはじまる。夫婦喧嘩から育児まで、あけっぴろげな隣人から頼りにされていく幹太。やがて幹太は自分のなかで押し殺してきたひとつの「願い」に気づいていく――。誰にも頼らず、ひとりで生きられればいいと思っていた青年が、新たな一歩を踏み出すまでを描いた胸熱くなる青春小説。