• fluct

  • 不器用でも懸命に生きる人々を描く、寺地はるなの「今へ続くあのまっすぐな道」

    2019年05月09日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
    Pocket

    『ビオレタ』で2014年にデビューして以来、不器用ながらも懸命に生きる人々の人生を温かく描き、一作ごとに注目度が高まっている寺地はるなさん。

    そんな寺地さんの作家としての根底には、子どもの頃のある思い出が根差しているそうです。今回は、本好きなら思わず共感してしまうエピソードとともに、小説への思いをエッセイとして寄せていただきました。

    寺地はるな
    てらち・はるな。1977年、佐賀県生まれ。大阪府在住。第4回ポプラ社小説新人賞を受賞した『ビオレタ』でデビュー。他の著書に、『ミナトホテルの裏庭には』『月のぶどう』『今日のハチミツ、あしたの私』『みちづれはいても、ひとり』『架空の犬と噓をつく猫』『大人は泣かないと思っていた』『正しい愛と理想の息子』などがある。

     

    あの道   寺地はるな

    自動販売機でジュースを買いたいな、と思ったら車に乗るか、あるいは何十分もかけて歩かなければならないような村に住んでいた。

    内気な子どもの例にもれず本がすきだったわたしはしかし、内気が過ぎて学校の図書室に行けなかった。図書室に行くと同級生や先生が話しかけてくるからもじもじしちゃうのである。突然「もじもじしちゃうのである」などと言われても困るだろうが、当時は切実な問題だった。

    それに同じ本を何度もしつこく読む子どもだったので、できれば本は手元に置いておきたいとも思っていた。でもお金がない。

    おこづかいは報酬制だった(余談だがお風呂掃除が十円、肩もみも十円、でも「めちゃくちゃ吠える犬がいる家に回覧板を届ける」は五十円という料金体系だった。母が当時そのめちゃくちゃ吠える犬をどれほど恐れていたかがうかがえる)。本を一冊買える金額に達するまでに、かなりの時間がかかる。

    困ったもんだと思っていたのだが、中学校の入学祝いに図書券をもらった。わたしはそれまで図書券というものを見たことがなかったため、「こんなおもちゃの紙幣みたいなもんでほんとに本が買えるのだろうか」としばらくあやしんでいた。

    この図書券をいっちょ使ってみようかいとようやく決心した時にはすでに夏休みに突入していた。ペダルを踏むとなぜかガコッという音が鳴る自転車に乗って、村に一軒しかない書店をめざした。土手の上をひたすら直進し、橋を渡るとその店がある。時間にして十五分ぐらい。

    広い店ではなかった。お店の半分は本ではなく靴や軍手が置かれていたが、文庫や雑誌が並んでいる光景にわくわくした。

    レジの横に一個十円のアメやガムが売られているのも興味深かった。のちにアメは図書券で買いものをした場合のおつりの調整などのために置いてあるのだと知った(そのお店では図書券で買いものをした場合、百円以上のおつりは図書券で返し、百円以下のおつりは出さないというシステムになっていた)のだが、その時は「はっはーん、読書のおともにおやつを買っていく人がいるのだな。なるほどクッキーやポテトチップスは読みながら食べるのには不向きだ」と勝手に納得していた。

    サガンの『悲しみよこんにちは』という本を選び(なぜその本を選んだのかは覚えていないがおそらく安価だったからだと思われる)、レジに持っていった。

    レジの女の人は本とわたしを交互に見て「大人みたいな本を読むのね」と微笑んでいた。まさかお店の人に話しかけられるとは思っていなかったので完全に動揺してしまい、全身の毛穴から汗を噴出しながら「ワタシ……トショケン……ツカウ……ココデ……」というようなたどたどしい物言いをしてしまったことを強烈に覚えている。
    それからまたペダルをガッコガッコ言わせて帰った。空は濃く青くて、土手はまっすぐ家まで続いていて、背負ったリュックサックの中には手に入れたばかりの新しい本が入っている。目が眩むほど幸福だった。

    がまんできずに、自転車を停めてすこしだけ読んだ。家はもうすぐそこなのに。

    異様に内気で世間知らずで疑り深くて、今思えば取るに足らないことで倒れそうなほど悩んだり恥ずかしがったりしていたあの頃のわたしは、読んだ本に何度も心を救われてきた。そして、まだ読んだことのない本のために明日も生きようと思っていた。
    読者のかたから「買ってすぐに待ちきれずに車の中で読みました」という手紙をもらったことがある。「新刊を待ちながら生きてます」という手紙も。ああ、みんな同じなんだ、と嬉しかった。あの土手の上のまっすぐな道はここに続いていたんだ、と思えた。

    わたしの小説を待っていてくれる人たちの、そしてこれから新しく出会う人たちの明日が良いものでありますように。あたらしい小説を書きはじめる時、いつもそう願う。

    【著者の新刊】

    夜が暗いとはかぎらない
    著者:寺地はるな
    発売日:2019年04月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784591162743

    人助けをする不思議なマスコットが、町の人たちを変えていく――『大人は泣かないと思っていた』で話題沸騰の著者が贈る感動作!

    (ポプラ社公式サイト『夜が暗いとはかぎらない』より)

    (「日販通信」2019年5月号「書店との出合い」より転載)




    タグ
    Pocket

  • 広告用

    20190320
  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る