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  • 世界の終わりを見たくはないか―『木曜日の子ども』は重松清が“現代の闇”を描く黙示録

    2019年02月23日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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    デビュー以来、家族のあり方や少年犯罪、教育問題をテーマに、多くの小説を執筆してきた重松清さん。『木曜日の子ども』はそんな重松さんが、“神さま”になりたかった少年と、その “父親”になろうとした男を描いた話題作です。

    一家が引っ越してきたニュータウンを舞台に、次々と起こる怪死事件。“私”はあるルポライターと一緒に真相を突き詰めようとしますが――。

    重松さんが10年をかけて向き合い、書き上げたという本作。そこに込められた思いと作品の持つ凄味について、編集を担当したKADOKAWA 文芸局の松崎夕里さんに文章を寄せていただきました。

    木曜日の子ども
    著者:重松清
    発売日:2019年01月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784041028322

     

    重松史上、最重量級の作品が生まれるまで

    長年にわたって、少年事件を取材しつづけ、小説、ルポ、ドキュメンタリー……アウトプットの形は様々ながら、家族や教育をめぐる問題を終始一貫して見つめ続けてきた重松さん。本書『木曜日の子ども』は、そんな重松さんのライフワークのテーマがすべて注ぎこまれた一冊です。

    再婚した妻の連れ子・晴彦の「父」を務めようと必死になりながらも、埋められない溝や、思いもかけない断絶にたじろぐ主人公。一見凪いだ日常も、板子一枚下では、ぱっくりと奈落の裂け目が開き、薄ら寒い光景が顔を覗かせます。

    出口の見えない鬱屈した心象、何かに帰依したいとすがりついてしまう弱さ、人の持つ意外な二面性……読みながら、読者も窮地に追い込まれていくような緊迫感が漂います。超弩級のミステリもかくやというほどの大どんでん返しも仕掛けられて、ひたすら息を詰めて読み進めるしかありません。

    人と人は、どのように繋がっていくことができるのか。そして、この物語は、今という時代に、本当に必要な問いかけを投げかけているか。その答えを導きだすまでには、重松清という作家をもってしても、相当の覚悟と決意、そして、文芸誌での連載完了から10年という熟成の年月が、どうしても必要だった、と言います。それだけの想いがつまった、正真正銘、重松史上最重量級の小説といって差し支えないと思います。

    「きみたちは、世界の終わりを見たくはないか」――とは作中のウエダサマの言葉ですが、見せかけだけの正しさや、標語のような紋きりの思考では、もう現実に太刀打ちできない。人間の本質的な欲望を突きつける予知夢のような黙示録を手にとって、どうぞ心の底から、震えていただけたら幸いです。

    KADOKAWA 文芸局 文芸図書編集部 松崎夕里

    木曜日の子ども
    著者:重松清
    発売日:2019年01月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784041028322

    7年前、旭ヶ丘の中学校で起きた、クラスメイト9人の無差別毒殺事件。
    結婚を機にその地に越してきた私は、妻の連れ子である14歳の晴彦との距離をつかみかねていた。前の学校でひどいいじめに遭っていた晴彦は、毒殺事件の犯人・上田祐太郎と面影が似ているらしい。
    この夏、上田は社会に復帰し、ひそかに噂が流れる――世界の終わりを見せるために、ウエダサマが降臨した。やがて旭ヶ丘に相次ぐ、不審者情報、飼い犬の変死、学校への脅迫状。
    一方、晴彦は「友だちができたんだ」と笑う。信じたい。けれど、確かめるのが怖い。
    そして再び、「事件」は起きた――。

    〈KADOKAWA 公式サイト『木曜日の子ども』より〉

     

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