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  • 映画「あん」の舞台・東村山の本屋でドリアン助川が体験した煌めく一夜

    2019年02月10日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    樹木希林さん主演で映画化された小説『あん』は、ドリアン助川さんが2013年に発表した作品。フランス、ドイツ、イタリア、イギリスなど世界各国で翻訳され、読み継がれています。

    物語の舞台、そして映画のロケ地となったのは東京都東村山市です。

    その東村山市にある街の本屋さんとの交流から生まれたというエピソードを、ドリアンさんに綴っていただきました。

    ドリアン助川
    どりあん・すけがわ。1962年東京都生まれ。詩人・作家・道化師。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒。放送作家などを経て1990年「叫ぶ詩人の会」を結成。1999年バンド解散後に渡米。2002年に帰国し、明川哲也の筆名で詩や小説を執筆。2011年より再び、ドリアン助川の名前で活動。『ピンザの島』『あなたという国』『線量計と奥の細道』ほか著書多数。『あん』は河瀨直美監督・樹木希林主演で映画化。世界各国で翻訳されている。2017年、フランスの「DOMITYS文学賞」「文庫本読者賞」を受賞。

     

    『あん』と丸山書房と朗読会のこと  ドリアン助川

    書店での朗読を思い立ったのは、昨年の西日本豪雨がきっかけだった。茶褐色の水に覆われた倉敷市の惨状をテレビのニュースで見ながら、被災されたみなさんの生活と、この街の書店のことを考えた。売り物の本が水没していくところを、書店の経営者はどんな気持ちで見ていたのだろうか。

    復興には時間がかかるだろう。それでももし書店を再開されるなら、なにか手伝えないかと思った。そして、いや……待てよと、別の考えも同時に頭をもたげたのだ。

    日本中の街の書店が今経営に苦しんでいるという。出版不況と言われて久しい。もはやその逆境が当たり前の状態になりつつある。目に見えない透明な洪水が次々と街の書店を飲みこんでいる。ならば被災地のみならず、全国規模でお手伝いを考えるべきではないか。ともに手を取り合える書店なら、どこに馳せ参じても良いではないか。自分が書いた物語を売ってもらっているのだから。

    とはいえ、ヒット作が限られているので、「ボクの本を平積みにしてくれれば、笑いが止まらないくらい売れますよ」というわけにもいかない。そこで、SNSやブログでこう発信してみた。

    「ボクで良ければ、書店内で朗読をさせていただきます。すこしでも人が集まるきっかけになればと思います。お代はいりません」

    反応して下さった書店がいくつかあり、これまでに関東と関西で数回のイベントをやらせてもらった。

    たとえば、東京は東村山市の「丸山書房」さんだ。西武新宿線久米川駅のロータリーに面した書店で、一階が店舗、二階が多目的ホールになっている。

    この丸山書房さんとは、すでに面識があった。ボクの小説『あん』(ポプラ社)が映画化されたあと、「すごい書店がありますよ」と、版元の販売部の方から教えてもらったのだ。巨大な「あん撮影地マップ」なるものを作り、店頭に飾っているという。小説『あん』の販売冊数もずば抜けていた。

    ハンセン病問題を背景にした『あん』は、療養所がある東村山市が物語の舞台であり、映画の撮影地となっている。市内のどこでどんなシーンが撮られたのか、書房経営の丸山さんご夫妻はそれを調べあげて、一目でわかるようにマップを設置してくれたのだ。

    お礼を言いに伺ったのが始まりだった。この書店の二階で『あん』に関する講演やサイン会をやらせてもらった。そして今回、ボクが翻訳した『星の王子さま』(皓星社)の朗読に加え、作者であるサン=テグジュペリの人生についても講演をさせてもらった。

    お客さんは百名を超えた。『星の王子さま』だけではなく、ボクの著作をみな複数冊買ってくれた。講演中に涙する人もいて、その後のサイン会、そして数十名がそのまま参加した飲み会まで、全員の集中力が結び合って遠い星まで届くような、あるいはそれぞれの胸の内側にランプが灯っているような煌めく時間が続いた。熱のこもった書店に、熱しやすい作家が押しかけ、やや発熱ぎみのお客さんとともに、熱を虹色の光に変える一夜を創ったのだ。

    ホールのない書店では無理だ、という意見もきっとあるだろうが、ボクはどんな環境の書店であったとしても同じことをすればいいと思っているし、実際にできると思う。閉店後に、書棚の間に椅子を並べれば、小さくとも狭くとも、言葉と視線が触れ合う朗読会場になる。参加した人の心に残る場となる。ネットの書店にはできない芸当だ。

    言葉によって構築された精神をボクらが持ち、それを頼りに生きている以上、街の書店はある意味で、街の宝石屋さんでもある。ダイヤモンドやルビーなら、それを持たずとも文化的な生活にはなんら影響ないが、人類の智慧や友情や励まし、人生のなんたるかについて悩み、苦しみ、気付きを得た大昔の友人たちからの手紙さえ、文芸という形で追体験することができる書籍は、これがなければ人間的生活など不可能となる。書物はやはり、宝石以上に宝石なのだ。それを大事だと思える人のつながりを、滅ぼしてはいけない。

    【著者の新刊】

    新宿の猫
    著者:ドリアン助川
    発売日:2019年01月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784591154625

    構成作家の卵である「ボク」は明日の見えない闇の中でもがいていた。そんなある夜、ぶらりと入った新宿の小さな居酒屋で、野良猫をかわいがる「夢ちゃん」という女性店員に出会う。客には不愛想だが不思議な優しさを秘めた夢ちゃんに「ボク」はしだいに惹かれていく。ふたりは猫についての秘密を分け合い、大切な約束をするのだが――。生きづらさを抱えた命が伝え合う、名もなき星のような物語。

    ポプラ社公式サイト『新宿の猫』より)

    (「日販通信」2019年2月号「書店との出合い」より転載)




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