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突然ですが、童話「シンデレラ」のあらすじをご存じでしょうか?
フランスの詩人シャルル・ペローによるものやグリム童話版など、細かい部分はさまざまですが、もっともよく知られているのはこんな感じかと思います。
1.病気で母を亡くした主人公・シンデレラは、継母とその連れ子の姉たちに毎日いじめられていた。
2.ある日、お城で舞踏会が開かれる。姉たちは着飾って出かけるが、シンデレラにはドレスがない。
3.悲しくてシンデレラが泣いていると、彼女の前に魔法使いが登場。かぼちゃが魔法の馬車に、ネズミが御者に、みすぼらしい服は素敵なドレスに早変わり! 喜ぶシンデレラに、魔女は「魔法は午前0時に解けてしまうので、それまでに帰ってくるように」と警告する。
4.舞踏会で王子はシンデレラに一目惚れし、「踊っていただけますか?」と声をかける。しかし楽しい時間は早く過ぎ、0時の鐘が鳴ってしまう……。
5.焦ったシンデレラはお城を飛び出すが、帰りがけ、履いていたガラスの靴を片方落としてしまう。
6.王子は国中におふれを出し、残された靴を手がかりにシンデレラを探し出そうとする。
7.ある日、王子と家来たちがシンデレラの家にもやってきた。すると(表向きは舞踏会に行っていないはずの)シンデレラの足に、ガラスの靴がぴたりとはまった。
8.シンデレラは王子の妃として城に迎えられ、幸せに暮らした。
めでたしめでたし。
あらためて確認したところで、今回紹介する『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』収録の「地球灰かぶり姫」を読んでみます。
ちなみに『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』のキャッチフレーズは、「童話改変SF」。
さて、どんなふうに“改変”されているのでしょうか?
(以下、引用はすべて『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』より)
むかしむかし──の反対を言おうとすれば、いったいどんなことばになるのでしょうね。さきざき? はるか遠い未来?
とにかく、女の子がひとりおりました。
名前はシンデレラといいました。環大西洋連合王国の臣民です。正式に名乗らせようとすると公開暗号鍵やら契約知性アドレスやら煩雑なので、ここでは省略しましょう。
女の子は自分の体を持っていました。この時節にはとても珍しいことでありました。トランスヒューマンたちは肉体から解き放たれて、好きな場所にやどるのが常でしたから。地底深くに隠された計算機に、微小機械の雲に。そうしてたまに現実世界に深く干渉する必要が生じれば、精神は具体の中にやどるのです。
人類が〈魂のみの存在〉となった世界に、数少ない〈固有の肉体を持つ存在〉として登場する主人公。
めまいがするようなSF設定のオンパレード、“衒学的悪ふざけ”ともいえる過剰なまでの装飾が施され、私たちが知るあの物語の面影はもはや無い……かのように思われますが、この「地球灰かぶり姫」は、それでもやっぱり「シンデレラ」なのでしょうか?
具体的な場面を比較してみます。
継母はシンデレラを責め立てました。夫の具体が機能停止したのはシンデレラの介護が不適切だったせいだと主張して、補償を要求しました。継母には娘がふたりいました。精神から出芽して生まれた精神的クローンです。いまやシンデレラの姉となった彼女たちのおもちゃとして、継母はシンデレラの具体を貸し出すよう求めたのです。
それではごらんくださいお姫さま── 歌うように言いながら、〈魔女〉はひとつの仮想環境を拡張現実に上書きしました。
シンデレラは息を呑みました。それは数兆の星が渦巻く銀河でした。輝く星のひとつに目をとめると、またたく間に拡大されます。それはあでやかな美しいドレスであったり、体を彩る化粧であったり、前向きな自信を補助してくれる感情MODのパッケージであったりしました。外見と内面の両方を美しく飾りたてるための、これは拡張現実スキンのライブラリなのでした。
シンデレラが眼にしたのは、真正面に立つ王子の姿でした。
シンデレラはログを確認しました。待ち行列にエントリーした直後に、王子は反応していました。嵐のようにコンタクト要求を浴びせかけ、無視されると自らシンデレラの元に赴いたのです。
このように見比べてみると、「姉たちの都合のいいようにシンデレラが犠牲になっていた」「華やかな装備によって、シンデレラは自信をもって舞踏会に行った」など、やはり間違いなく「地球灰かぶり姫」はシンデレラのお話そのもの。
一方で「エントリー直後から王子が反応していた」「要求を無視されているのにシンデレラの元に赴いた」といった表現は、「一目惚れして声をかけた」よりも必死な感じがして笑ってしまいます。
ところで、シンデレラが「トランスヒューマン」なのは書き出しの部分でわかりましたが、「ガンマ線バースト(※)」の要素がどこにあるのか疑問に思う方もいるでしょう。
実は「ガンマ線バースト」は、この作品集『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』の収録話すべてを貫く重要な出来事として機能しています。
ネタバレになってしまうのでくわしく説明しませんが、もしかすると「地球灰かぶり姫」に関しては、タイトルの意味からある程度予想できるかもしれません。
『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』には、「地球灰かぶり姫」を含めて6編の物語が収録されています。
タイトルから元ネタを想像しつつ、気になるものから楽しんでみてください。
また、本書は公募型新人賞である「ハヤカワSFコンテスト」(第6回)の優秀賞受賞作。つまり著者・三方行成さんのデビュー作です。
三方さんがこれからどんな作品を発表するのかにも、ぜひご注目を。
収録話
・地球灰かぶり姫
・竹取戦記
・スノーホワイト/ホワイトアウト
・〈サルベージャ〉VS 甲殻機動隊
・モンティ・ホールころりん
・アリとキリギリス
※ガンマ線バーストについては、以下の動画でくわしく解説されています(記事に戻る)。