'); }else{ document.write(''); } //-->
『ゼロ! 熊本市動物愛護センター10年の闘い』『北里大学獣医学部 犬部!』など、犬にまつわるノンフィクションを多数発表し、最新刊『平成犬バカ編集部』も話題の片野ゆかさん。
執筆のエネルギー源である「魅力的な人々のリアルを伝えたい」という想いのルーツは、小学校高学年のときの“ある小さな本との出合い”にあるそうです。
ノンフィクション作家としてのその後の人生につながる「出合い」と「発見」のエピソードを、エッセイで寄せていただきました。
片野ゆか
かたの・ゆか。1966年東京生まれ。2005年「昭和犬奇人 平岩米吉伝」(単行本タイトル『愛犬王 平岩米吉伝』)で第12回小学館ノンフィクション大賞受賞。『アジワン~ゆるりアジアで犬に会う』『ゼロ! 熊本市動物愛護センター10年の闘い』『旅はワン連れ ビビり犬・マドとタイを歩く』『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』など著書多数。話題を呼んだ『北里大学獣医学部 犬部!』はコミック化もされている。
小学校高学年の一時期、日曜日ごとに本屋を訪れていたことがあった。都内私鉄沿線にあったその店は、大学が近かったせいだろう、素朴な商店街に不釣り合いな二階建ての堂々とした構えだった。
本屋通いのきっかけは“自主的な卒業”だった。
母は熱心なクリスチャンで、日曜日は教会の礼拝に出るのが我が家の決まりだった。一方で私は、キリスト教系の幼稚園での日々は楽しかったが、その後、聖書の話が心に響く日は訪れなかった。教会で祈るよりも愛犬を撫でていたほうがよほど救われた気分になったし、小学校五〜六年頃には神様とは別の世界へ興味が広がりはじめていた。
しかし厳粛な家族内ルールを前に、異端な考えが認められるはずもない。毎週日曜日、朝九時半から開かれる“子ども礼拝”に合わせ、私は早々に家から出されてしまうのだった。自分の気持ちを言語化して親を説得するには、まだ子どもすぎた。ならば、できることはひとつ。私は教会に行くフリをして、神様からは自主的に卒業することにしたのだ。
とはいえ、ほかに行き場はない。ひたすら近所を歩きまわるが、暑さ寒さが予想以上に辛く、横なぐりの雨でも降ればまるで苦行。あげくに路上で母に発見されてこっぴどく叱られ、踏んだり蹴ったりなのだった。
それでも、私は諦めなかった。行動半径を広げたら、隣町に朝九時すぎから開店している本屋があることがわかった。ようやくオアシス発見! というよりもあらゆる種類の本が揃った大型書店は、当時の私には未知の巨大大陸そのものだった。
九歳上の姉の影響で、家にはお下がりの本が数多く揃い、小学校に上がる頃からは流行のファッション誌を眺めていた。だが、それらは家庭内で与えられたもの。“卒業”をきっかけに、自分だけの新しいものを見つけたい! という思いを抱いた私は、毎週のように広い店内をグルグルと歩きまわった。もっとも心踊ったのは、アートやロック、カルチャー系のカッコ良くて不思議な本が集まった棚だった。子どもが見てもいいの? とドキドキしながら手にした本もあった。
そんなある日、棚の隅に置かれた小さな本に目が留まった。表紙の絵は、これまでに読んだ本の挿絵、漫画雑誌とはまったく違っていた。線がぐにゃぐにゃしていて、すごく下手なのに、迫力があってカラフルで、明るくて、強烈だった。ページをめくるとわら半紙のようなゴワゴワした紙に、様々な方向から絵や写真や文章が印刷されている。なんだか自由で面白い空気に満ちていて、そして実際「アハハ」と声を出して笑ってしまった。
表紙には「ビックリハウス」とあった。日本のサブカルチャー、ポップカルチャーの草分け的な雑誌で、そこにはユーモアやパロディをテーマにした新しい文化の発祥を楽しそうに発信する大人が集っていた。お小遣いでその本を買った。お金を払うということは、この本を売って暮らしている人がいる証拠だ。楽しそうに生きている大人が実在していることを知り、私は心の底から明るい気分になった。やはり、子どもなんかつまらない。早く大人になりたい! と強く思うようになった。
特にひきつけられたのは編集長の高橋章子さん自ら、誌面に登場するページだった。本をつくる人が、本に出ているというのがとにかく面白かった。寛容でウィットに富んだステキなお姉様は、この東京の空の下に本当に存在している。そう思うとワクワクした。本の世界は、夢や空想だけではない。今の自分では直接会うことのできない“リアルな人々”とつながっていると、そのとき気づいたのだった。
ノンフィクションというジャンルを知るのは、それから何年も先のことだ。だが書き手になった今、執筆のエネルギー源について訊かれたら「魅力的な人々のリアルを伝えたい」と答える。この文を書きながら、自分の人生が、あの本屋通いの日々と深くつながっていたことに、今あらためて気づくのだった。
【著者の新刊】
人生の崖っぷちに立たされたひとりの男が起死回生をかけて立ち上げたのは、この国初めての日本犬専門雑誌だった――。激動の犬現代史を、犬バカが集まる「Shi-Ba」編集部を軸に追う、渾身のノンフィクション。
(「日販通信」2019年1月号「書店との出合い」より転載)