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  • 東山彰良さんの記憶の中にある、懐かしい古本屋と「本を司る者」

    2018年12月08日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    直木賞作家・東山彰良さんの新刊『夜汐(よしお)が11月28日(水)に発売されました。

    夜汐
    著者:東山彰良
    発売日:2018年11月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784041069226

    『夜汐』は東山さんが初めて挑んだ歴史時代小説。激動の幕末期を舞台に、一人の若者のドラマティックな逃避行を描いたロードノベルです。歴史小説と言っても堅苦しさは微塵もなし! ラブも冒険もたっぷり入った、胸熱必至のエンターテインメントとなっています(沖田総司や土方歳三が乙な描かれ方をしているので、新選組好きには特におすすめ!)。

    今回は、東山彰良さんから本屋さんにまつわるエッセイをお寄せいただきました。

    東山彰良
    ひがしやま・あきら。1968年台湾生まれ。福岡県在住。2002年「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。2003年、同作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で作家デビュー。2009年『路傍』で第11回大藪春彦賞、2015年『流』で第153回直木賞、2016年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞を受賞。2017年『僕が殺した人と僕を殺した人』で第34回織田作之助賞、第69回読売文学賞小説賞、第3回渡辺淳一文学賞のトリプル受賞。著書多数。

     

    本を司る者  東山彰良

    図書館員のことを「司書」と呼ぶ。広辞苑で調べてみると、「図書館で専門的職務に従事する職員」とある。しかしそれは司書の定義としては二番目で、一番目の定義は読んで字の如く「書籍を司る職」だ。

    図書館も書店も、本と読者のあいだを取り結ぶという意味合いでは、どちらもその社会的使命に大差はない。となると、なぜ書店員は書店員であって「書籍を司る者」とは呼ばれないのか? ひとつには、司書とは図書館法に規定される一定の資格を有する者を指すのに対し、書店員になるためにはいかなる資格も必要としないためだろう。つまり、なろうと思えば誰でもなれる。もうひとつには、図書館と読者のあいだには金銭の授受はないが、書店は営利を目的に運営されるからだ。そのせいか、図書館がどこも均質的なのに対して、書店はそれぞれに特色がある。多種多様な人たちが、十人十色の思惑や哲学を抱いて本を売っている。もしかすると、なかには本など好きでもなんでもないという書店員さんだっているかもしれない。

    まさにそこのところに書店の面白味がある。洋書を買うならここ、画集を探すならあそこ、芝居のシナリオならどこそこといった具合に、特色ある書店が存在しうる。専門書に特化しなくとも、ある特定分野だけやたらと詳しい書店員なんかもいたりする。いや、図書館にだって時の流れをゆるやかに感じさせてくれるような幻想的な味わいはあるのだけれど、書店の面白味はもっと奥深く、幅広く、そしてえげつない。建て付けの悪いガラス戸を苦労して引き開けたとたん、時間の流れがぴたっと止まってしまうような本屋が、私の若い頃にはいたるところにあった。

    私の念頭にあるのは、そう、かつて街の片隅にひっそりと棲息していたあの懐かしい古本屋たちだ。雑多な古書が分類もへったくれもなく乱雑に積み上げられ、自分だけの力ではぜったいに欲しい本など見つけられっこない。店主は奥のカウンターのなかで本にうずもれ、本が盗まれようがどうしようが気にもかけない。そのくせ尋ねられると、魔法のようにどこからともなく本を取り出してくる。値段などあってないようなもので、主の気分次第でどうとでもなる。かび臭くて、風が吹けばガラス戸がカタカタ震え、どんなに好天でも陽光など射しこまない。もしかすると、態度の悪い猫などもいたかもしれない。私にとってそんな古本屋で本を漁ることは、まるで膨大な死のなかからまだ息のあるものを救い出そうとするかのような英雄的行為だった。

    二十年ほど前、稲垣足穂の初版本を見つけたことがある。その美しい本はビニールでパッケージングされて、書架のいちばん上にひっそりと挿しこまれていた。私は気安く店のオヤジに、中身を見せてほしいとたのんだ。すると、「表紙だけでその本の価値が分からない人は、中身を見てもしようがないよ」とにべもなかった。私はむっとしたが、それでもその店にかよいつづけた。佐藤晴夫訳の『ソドムの百二十日』、正岡子規全集、フロイト、ニーチェなんかはいまも手許にある。オヤジは自称詩人で、私がなにかの詩集を手に取ると、ぶっきらぼうにほかの詩集も勧めてくれた。しばらく足が遠のき、ひさしぶりに顔を出してみたら、店がたたまれていた。詩人のオヤジは横断歩道を渡っているときに車に撥ねられて死んでしまったとのことだった。

    黄ばんだ本と見分けがつかない、あの黄ばんだ時間はどこへ行けばふたたび出会えるのだろう? あの頃、私には行きつけの古本屋がいくつかあった。それらが長い年月を経て、記憶のなかでいっしょくたに混ざり合ってしまっている。だからそんな古書店など、どこにも存在しなかったのだとも言える。だけど、あのちっぽけで乱雑な店で、詩人のオヤジはたしかに膨大な古書を司っていた。とてもへんてこな司り方だったけれど、それでも、たしかに。

    【著者の新刊】

    夜汐
    著者:東山彰良
    発売日:2018年11月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784041069226

    文久三年。やくざ者の蓮八は、苦界に沈んだ幼馴染み・八穂を救うため、やくざの賭場から大金をせしめた。
    報復として蓮八に差し向けられたのは、凄腕の殺し屋・夜汐。
    京で新選組の一員となり、身を隠すことにした蓮八だが、ある日八穂からの文を受け取る。
    帰ってきてほしい……その想いを読み取った蓮八は、新選組から脱走することを決意。
    土方や沖田からも追われながら、八穂の待つ小仏峠に向かうべく、必死で山中を進む。
    だが、夢で蓮八に語りかけ、折りに触れ彼を導くのは、命を狙っているはずの夜汐だった――。

    逃れられぬ運命の中でもがく人々、もつれ合う“志”。
    すべてが胸に突き刺さる、直木賞作家の新境地!

    KADOKAWA公式サイト『夜汐』より※試し読みできます

    (「日販通信」2018年12月号「書店との出合い」より転載)

     

    『夜汐』刊行記念! プレゼントキャンペーン開催中

    『夜汐』の刊行を記念して、カドブン公式Twitterにてプレゼントキャンペーンが実施されています。

    賞品は、東山彰良さんのサイン入りPOPと、ホノジロトヲジさんによる「夜汐」「沖田総司」イラストミニポスターのセット。ハッシュタグ「#夜汐感想」をつけて『夜汐』の感想と写真をツイートすると、 抽選で15名に当たります。

    応募締切
    2019年1月31日(木)23:59ツイート分まで

    応募方法
    ① カドブンTwitterアカウント「@KadokawaBunko」をフォローする。
    ② 『夜汐』の表紙を写真に撮る。
    ③ キャンペーン告知ツイートをRT、ハッシュタグ「#夜汐感想」をつけて②の写真と感想をツイートする。

    ※書籍タイトルがはっきり写るように撮影してください。
    ※書店店頭での撮影、書籍中身の撮影はご遠慮ください。
    ※第三者が写り込む場合や他者の敷地での撮影については、必ず権利者の許可を得たうえでご応募ください。
    ※当選者には「カドブン」よりTwitterのダイレクトメッセージが届きます(2019年2月下旬予定)。

    キャンペーンの詳細はこちら(「カドブン」ニュース)

     

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