'); }else{ document.write(''); } //-->
先日ノミネート作が発表された芥川賞・直木賞をはじめとする文学賞、『このミステリーがすごい!』などのブックランキングが数々あるなか、今年、個人としては珍しい“書評家による文学賞”が新たに設立されました。
その名は「細谷正充賞」。特に歴史・時代小説のジャンルで知られる文芸評論家の細谷正充さんが、今年の新刊からすぐれたものを選ぶ“発掘視点”の文学賞です。
記念すべき第1回を受賞したのはこちらの5作。歴史・時代小説に限らず、近未来が舞台の短編集、青春小説など幅広い顔ぶれとなっています。
・『騎虎の将 太田道灌(上・下)』(幡大介/徳間書店)
・『宝島』(真藤順丈/講談社)
・『無暁の鈴』(西條奈加/光文社)
・『完璧じゃない、あたしたち』(王谷晶/ポプラ社)
・『うなぎばか』(倉田タカシ/早川書房)
今回は「細谷正充賞」設立に寄せて、文学や出版業界への思い、読書の楽しみなどを、細谷正充さんご本人にメールインタビューで伺いました。
細谷正充(ほそや まさみつ)
文芸評論家。時代劇・ミステリ小説などを中心に、エンタメ小説、漫画・ライトノベルも含めて幅広いジャンルに守備範囲を持ち、2016年度・ 2017年度の文庫巻末解説を最も多く手がけた実績を持つ。著書に『歴史・ 時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』(ともに河出書房新社刊)などがある。
「細谷正充賞」は、一般社団法人「文人墨客」の1周年記念プロジェクトとして設立されました。
文人墨客は、紙の本を読み、好奇心を広げていくことの豊かさを伝えることを理念とした団体。
一方の細谷正充さんは、書評家である以前に「根っからの本好き」であり、三階建ての一軒家で15万冊を超える本と暮らしています。
その蔵書は、年に一度、作家・編集者らを招いてのホームパーティーで披露されるそう。文人墨客で代表をつとめる岩田健太郎さんも招待客の一人で、今回「細谷正充賞」が設立されたのも、この圧倒的な蔵書量を目の当たりにしたことがきっかけの一つになっているといいます。
図書館のようにズラリと並んだ本棚は、200棹以上! 本は棚の上にも積まれています。
「小説が好きなのと同じくらい“本という物質”が好きです。死ぬまで本に囲まれ、本を読んでいたいと若い頃から思っていました」という細谷さん。
「とにかく本を処分したくないので、えいやと書庫兼用の家を建て、楽しく暮らしています。蔵書は2年に1万冊ペースで増えていて、きちんと数えたことはありませんが、現在は17~18万冊くらいあると思います」
このようすは、今年2月に刊行された『絶景本棚』でも紹介されています。
―― 「細谷正充賞」は文人墨客1周年記念プロジェクトの一環として設立されました。細谷さんご自身としては、どのような思いをお持ちでしょうか?
出版不況が長く続いています。さまざまな要素を考えると、これからも続くと思っています。そのような状況の中で、作家や書店員が、新たな動きを示しています。セルフ・プロデュースに力を入れ、自らの力でイベントを開催する作家が増えました。書店も、独自の文学賞の設立や、イベントを行なっています。もちろん出版社も、いろいろなことを実行しています。
しかし書評家はどうでしょう。
もちろん私たちの仕事の中心は、書評や文庫解説です。この部分は変えてはいけないと思っています。
ですが一方で、従来の仕事に留まっているという焦燥感を、2~3年前から抱いていました。ミステリーの書評家など、積極的に新たなことをしている人もいますが、まだ少数です。特に、私がメインの仕事としている歴史・時代小説のジャンルでは、書評家自体の数が少ないこともあり、新たな存在感を示すことができていません。このままでは時代に取り残されると確信しています。
そんなときに、文人墨客の会の代表の岩田健太郎さんとお話する機会があり、「細谷正充賞」という書評家が選ぶ文学賞ができないかと打診されました。岩田さんにも出版業界の現状に関する危機感があったようです。
聞いた瞬間、この話には乗るべきだと思い、即答で引き受けました。今の、そしてこれからの出版業界で、書評家のすべきことの一端を、この賞によって示すことを目指しています。
―― 第1回「細谷正充賞」受賞5作の個性豊かなラインアップについて、どのように選ばれたのか、理由も含めて教えていただきたいです。
「5作」という数は岩田さんから提示されたものですが、私としてもちょうどいいと思いました。というのは、エンターテインメント・ノベル全般を対象にしたかったからです。
読んで面白かった作品でも、ジャンル違いや、刊行時期の関係で、取り上げられない新刊はたくさんあります。また、ひとつの書評で取り上げただけで、話題になるような時代ではありません。
その点この賞は、ジャンルを問わず優れた作品を選び、アピールすることができます。5作にした理由は、ここにあります。
なお受賞作については、今後も応援していきます。そのときに「細谷正充賞」受賞作という肩書が使えると思っています。現在、あまりにも出版点数が多く、優れた作品でも注目度が低いことがあるので、話題を作ることが大切だと感じています。
―― 「話題作り」は一つのキーワードになると思いますが、それぞれの作品についてくわしくお話を伺いたいです。
まず真藤順丈さんの『宝島』は、作者の代表作となる傑作です。当然のこととして選びました。山田風太郎賞を受賞したこともあり、話題性は充分だと思います。
英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染み―― グスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり―― 同じ夢に向かった。
また、幡大介さんの『騎虎の将 太田道灌』と、西條奈加さんの『無暁の鈴』は、優れた歴史・時代小説であり、ジャンルのファンには最初から届いています。
この賞に意味があるとしたら、それ以外の読者層にアピールすることでしょう。
関東公方家はもはや滅亡し、坂東の差配は関東管領たる上杉一門が担っていた。その一翼、扇谷上杉家の家宰が太田家だ。太田家の跡取り・資長(後の道灌)は、関東の支配権を巡り勢力を二分する大戦乱のさなかで、合戦の戦略にも在地経営にも突出した才覚を現していく。道灌は、いかに戦い、いかに生き延びたか。坂東を席巻した出来星武将の波瀾の生涯を描き尽くす戦国歴史大河小説!
(徳間書店公式サイト『騎虎の将 太田道灌(上)』より)
武家の庶子でありながら、家族に疎まれ寒村の寺に預けられた久斎は、兄僧たちからも辛く当たられていた。そんななか、水汲みに出かける沢で出会う村の娘・しのとの時間だけが唯一の救いだったのだが……。手ひどい裏切りにあい、信じるものを見失って、久斎は寺を飛び出した。盗みで食い繋ぐ万吉と出会い、名を訪ねられた久斎は“無暁”と名乗り、ともに江戸に向かう――波瀾万丈の人生の始まりだった。
(光文社公式サイト『無暁の鈴』より)
王谷晶さんの『完璧じゃない、あたしたち』と、倉田タカシさんの『うなぎばか』は、どちらも短篇集であり、非常に多彩な才能が披露されています。読み巧者から、高い評価も受けています。
しかし、もっと注目されてしかるべき作品なので、自信を持って選びました。
“私”も“あたし”も自分に似合わなくて困ってる「小桜妙子をどう呼べばいい」
セックスの妙をめぐる、女二人の哀切滑稽な別れ話「Same Sex,Different Day」
これぞ究極のシスターフッド!? あるお屋敷で起きた痛快復讐劇「ばばあ日傘」
十九歳、世界一みじめなスナックのアルバイトで――。「ときめきと私の肺を」
都会の不安な夜に出会った、不機嫌で魅力的な女の子「東京の二十三時にアンナは」ほか全23編を収録。
名前をつけるのは難しい、でもとても大切な、女同士の様々な関係を描く。(ポプラ社公式サイト『完璧じゃない、あたしたち』より)
もしも、うなぎが絶滅してしまったら? 「土用の丑の日」広告阻止のため江戸時代の平賀源内を訪ねる「源内にお願い」、元うなぎ屋の父と息子それぞれの想いと葛藤を描く「うなぎばか」などなど、クスっと笑えてハッとさせられる、うなぎがテーマの連作五篇。
(ハヤカワ・オンライン『うなぎばか』より)
作品にとって、面白さの裏づけになる文学賞。面白さの内容自体もさまざまですが、どのような“裏づけ”がされるかも、その作品に大きく作用します。
選ばれた5作は今回の「細谷正充賞」受賞を受けて、これからどんな新しい読者に届くのか? みなさんも、気になる作品はぜひ書店で手に取って、読んでみてくださいね。