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「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」
そんな謎めいた言葉で語られる一冊の本に引き寄せられ、その奇書を探し求める人々の追跡劇を描いた森見登美彦さんの『熱帯』。一度中断した後、1年半をかけて完成したという本作は、森見さんにとって「小説」というものを見つめ直す作品になったそうです。
刊行にあたり、「大遠征になりすぎて戻ってこられないかと思いました」とコメントを寄せている森見さん。「自分にとって小説とは何か?」を問い続けた“大冒険”の果てに生まれた物語は、森見さんにとってどんな小説になったのでしょうか。森見さんにエッセイを寄せていただきました。
『熱帯』を連載していたのは、今から7年以上前である。
当時、私は「売れっ子小説家」を目指して奮闘中であり、いくつもの連載を掛け持ちして毎日ヒイヒイ言っていた。これまでの人生において、もっとも勤勉に生きていた時期であろう。しかしそもそも怠け者である私にそんな生活が続けられるはずもなく、2011年初夏、ついに私はギブアップ、すべての連載が頓挫した。その中には『熱帯』も含まれていた。いくつかの作品はそのまま闇に葬られ、いくつかの作品は長い改稿作業を経て刊行に漕ぎつけた。この7年間、私の小説家人生は2011年の後始末に費やされてきたのである。しかしその戦いも、この『熱帯』刊行をもって終わる。
2011年にすべての連載を投げだしたとき、私はすっかり小説を書くのがイヤになっていた。かつて自分がどうやって書いていたのかも分からなくなった。ふと立ち止まって「小説」というものをまじまじと見つめてみると、それはまったく得体の知れない、謎めいたものに見えてきた。それからというもの、「自分にとって小説とは何か?」ということをしきりに考えるようになった。
そして2017年、長らく中断していた『熱帯』を完成させるべく机に向かったとき、「自分にとって小説とは何か?」という疑問が、この『熱帯』という小説にドッと流れこんできた。なにしろ『熱帯』は「小説についての小説」なのだから。
あの長い中断がなかったら、『熱帯』はまったく異なる作品に仕上がっていただろう。こんな迷宮のような作品にはならず、もっとアッサリと書き上げられていたかもしれない。小説だって「ナマモノ」である。その小説を書いているときの自分の状況が色濃く反映されてしまう。逆にいうなら、『熱帯』は今でなければ書けなかった作品だといえる。
「自分にとって小説とは何か?」
『熱帯』は議論小説ではないから、作中でそのことが語られるというわけではない。自分にとって「小説を読む/書く」ということを、イメージや物語を通して語ってみたいと思ったのである。それは「小説を読む/書く」という経験そのものを小説にするということである。
それはやはり難しいことで、書き上げるのに1年半もかかってしまった。こんなにたいへんなことになるとあらかじめ分かっていたら、そもそも書き始める勇気は湧かなかったと思う。そして書き上げた今になっても、この作品が本当の意味で完成したとは思えないのである。
「自分にとって小説とは何か?」ということをギリギリまで突き詰めて『熱帯』を書いたわけだが、そうやって肩肘を張れば張るほど取りこぼしてしまう「何か」がある。それもまた小説には大事なものだろう。
この『熱帯』という小説でやれるだけのことはやったから、今後は少し方法を変えて、『熱帯』では捕まえられなかった「何か」を追いかけてみたいと思っている。
発売元の文藝春秋では、『熱帯』の発売を記念して「《暴夜書房》を実際につくっちゃおうプロジェクト」が実施されています。
《暴夜書房》は『熱帯』に登場する謎の古本屋台。奇想天外な本を扱うこのお店にはどんな本が並んでいるのか、そのラインナップを森見さんと一緒に想像し、ウェブ上に本棚をつくっていくプロジェクトです。
「この本がなきゃ始まらない!」というイチオシ本を、Twitterでハッシュタグ「#暴夜書房」をつけて投稿した方の中から、森見さんの書き込み入り『熱帯』や森見さんお手製の「へっぽこブックカバー」などが抽選で当たります。
投稿の締め切りは12月10日(月)。詳しくは公式サイトをご確認ください。
森見登美彦 Tomihiko Morimi
1979年奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科博士課程修了。2003年『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞受賞。10年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞受賞。16年『夜行』で第156回直木賞候補に。他の著書に『有頂天家族』『聖なる怠け者の冒険』『四畳半神話大系』『恋文の技術』など。
汝にかかわりなきことを語るなかれ――。そんな謎めいた警句から始まる一冊の本『熱帯』。
この本に惹かれ、探し求める作家の森見登美彦氏はある日、奇妙な催し「沈黙読書会」でこの本の秘密を知る女性と出会う。そこで彼女が口にしたセリフ「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」、この言葉の真意とは?
秘密を解き明かすべく集結した「学団」メンバーに神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと「部屋の中の部屋」……。
幻の本をめぐる冒険はいつしか妄想の大海原を駆けめぐり、謎の源流へ!〈文藝春秋BOOKS『熱帯』より〉