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「平成」も残すところあと半年。
10月25日(木)に発売された月村了衛さんの『東京輪舞』は、そんな時代の節目に読むのにふさわしい、著者ならではの公安警察ミステリーです。
まず目を引くのは、表紙に描かれた時代を象徴する人物たち。ロッキード事件やソ連崩壊、地下鉄サリン事件など、彼らが関わった事件をある公安警察官の目から見ることで、本作は昭和から平成という時代の裏側が見える、スケールの大きな作品となっています。
今回は月村さんに、激動の時代を“小説”として書くことへの思い、書き進めるうちに感じたという“恐怖”について、エッセイを寄せていただきました。
コンセプトは「公安から見た昭和史」だった。しかし何かが足りない。縦糸となるようなモチーフがもう一つ欲しい。呻吟した末に思いついたのが「田中角栄」だった。これで全体の方針は定まった。次いで必要な資料を用意する。かねてより収集していた資料もあるし、編集部が届けてくれた資料もある。新たに買い求めた資料も多数。たちまち机の上に本の山がいくつもできた。
ここに至って愕然とした。ロッキード、東芝COCOM、地下鉄サリンなど年代ごとの重大事件を扱うということは(通常作品1本分)×(事件数)の資料を読まねばならないということではないか。その数ざっと通常の5、6倍。事前にできる限り読んだが到底読みきれるものではない。後は執筆と併行して読むしかなかった。大体は目を通したが、読めなかった資料もある。しかし本作はあくまで小説であり文芸作品であって、ノンフィクションではない。そのあたりの見極めには慣れている。むしろある一線で見極められないと、小説にはならないし、そもそも作品として完成しない。
資料を読み進めるうちに感じたのは、昭和史の裏に潜む闇の深さだ。しかもそれは、現在の状況と密接に結びついている。たとえば東芝の破綻。その醜悪な隠蔽体質は、1987年に表面化した東芝COCOM違反の頃と何も変わらない。すべての種は時代をどこまでも深く遠く遡れる。
正直に言うと、執筆を進めるうちに恐怖を感じた。自分達の暮らす社会は、こうした闇の上に成り立っているのかと。人並み以上に知っているつもりであったのが、実は何も知らなかったに等しい己を発見して、ただただ恥じ入り、そしておののくばかりであった。
平成の終焉。オウム死刑囚の死刑断行。角栄の墓の一般公開。すべて執筆中に起こった、あるいは決まったことである。偶然の範疇を超える〈偶然の連鎖〉も、私にはひたすら恐ろしかった。
繰り返しになるが、本作は小説であり、私の信念としてそこになんらかの政治的主張を込めるつもりはまったくない。しかし時代の空気を反映するのもまた小説である。同時進行する現実に対する私の感慨は、率直に書き記した。主人公同様、私もごく普通の市民である。昭和という時代に生まれた一市民が平成という時代の終わりに際して何を想うのか。自然主義的に記すのも悪くはあるまい。
公安、しかも外事警察を扱った作品であるから当然と言えば当然なのだが、結果として本作はル・カレ直系(と言うと僭越だが)の正統エスピオナージュとなった。主人公とヒロインのラブストーリーは最初から構想していたが、ラストシーンの仕掛けが浮かんだのは実は執筆も半ばを過ぎた頃だった。
『東京輪舞』というタイトルを戴く本作の締めくくりとして最適であったと思うのだが、どうだろうか。
月村了衛 Ryoe Tsukimura
1963年生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年に『機龍警察』で小説家デビュー。12年に『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年に『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年に『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。
かつて田中角栄邸を警備していた警察官・砂田修作は、公安へと異動し、時代を賑わす数々の事件と関わっていくことになる。
ロッキード、東芝COCOM、ソ連崩壊、地下鉄サリン、長官狙撃……。
それらの事件には、警察内の様々な思惑、腐敗、外部からの圧力などが複雑に絡み合っていた――。〈小学館 公式サイト『東京輪舞』より〉
・月村了衛が描く「日常のハードボイルド」!最新刊『追想の探偵』のヒロインは、実在の雑誌編集者がモデル