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20歳の新米“理容女子”が、人気理容店を開こうと奮闘する上野歩さんのお仕事小説『キリの理容室』。
徹底した取材力で知られる上野さんですが、本作で上野さんの「最高のアドバイザー」となったのが、神奈川県相模原市で理容室「Hair Salon SKY」を経営する池田弘城さんです。
インタビュー後編ではお二人に、本書に盛り込まれたエピソードの裏話から理容の魅力についてまでお聞きしています。
――新米理容師のキリは“人気店を開く”という目標に向け、「女性が通える理容室」を実現すべく試行錯誤を繰り返します。その過程は、まさに池田さんが歩んできた道のりでもあるそうですね。
池田 キリが勤めるバーバーチーが、駅前の再開発で移転することになりますよね。仮店舗を任されたキリは、同級生のアタルと店をオープンさせますが、あれも僕の体験そのままです。
僕の同級生にも、大会で常に優勝するような腕のいいスタイリストがいて、僕が店を持つときに彼を他店から引き抜いて、2人で始めたんです。本作の主人公は僕と違って女性ですが、まさかラブシーンがあるとは思わなかったです(笑)。
上野 ラブシーンを書くなら、絶対にシャンプーしているときにしようと決めていたんです。
池田 あのシーンは妄想をかき立てられますね(笑)。シャンプーの心地よさって、お湯の温度や泡立ち、リズムなどの技術にあるんです。なので取材中は、施術時の音について何度も質問を受けました。「“ブクブク“かな?」「“シャカシャカ”ですね」などと答えているのを、上野さんは細かくメモされている。
上野 特にシャンプーは目を閉じて受けたりするので、どうしても音の表現が大事になってくるんですよね。池田さんには本当に、細部にわたってアドバイスをいただきました。
池田 実際にそのシーンを読むとしっかり文章で気持ちよくさせてくれて、さすがプロだなあと思いました。
――本作はそういったスタイリストの技術のことから、店舗の立ち上げ、運営についてまで、理容室のすべてがわかるストーリーになっていますね。
上野 本作は、前半ではキリがカット技術の未熟さに悩み、後半は「経営者としての壁」にぶつかるという構成になっています。でも、池田さんの「SKY」もそうですけれど、取材したお店はどこも優良店ばかりなので、上手くいかないことについてはエピソードを考える必要がありました。
後半のストーリーで悩んでいたときにも、池田さんがスタッフをリクルートする場合は技術で判断するのではなく、「おもてなしの心」を持っている人を優先して採るというお話を聞いたんです。「指導する際も、そこは学校を出たての若いスタイリストにはわからない部分なので、ベテランとぶつかり合うところなんです」といわれて、「これだ!」と。
――本作では、学校の成績は優秀な専門学校生と、1000円カットで働いていたベテランが対立するシーンとして描かれていますね。
池田 人を育てるというのは、大変なことですよね。あまり厳しく指導すれば、スタッフも人間なので、お客様に笑顔で接することができなくなってしまうことも。だからこそ、その人がもともと持っている資質がすごく大事で、いかなる環境や状況においても臨機応変に対応できる人間性が求められるんです。そういう人は、たとえ最初は不器用で技術が至らなくても、あとからお客様の人気を集めてくれる。
ただ、そういうスタッフが集まったからといって運営が安定するかというと、彼らは力をつけて、お客様をたくさん摑んで独立していってしまいます。なので、人材育成には終わりがないんですね。
――そういった“人間力”は、どんな仕事においても求められそうですね。
池田 人は、人とのコミュニケーションで成長するしかないんですよね。そうしていく中で、理容師はお客様と、とても息の長いお付き合いをしていただける仕事なんです。
この本に出てくる“長谷川組長”の小さかったお子さんも、すでに30歳くらいになりますが、いまだに通ってきてくれています。
――長谷川組長はバーバーチーの長年のお客様ですが、彼にもモデルがいるんですね?
池田 そうなんです。2週間に1度くらい来店されていたお客様で、子分が見守っている中で顔剃りしなくちゃならなくて。手は震えるし、胃は痛いし……。
上野 その時に、「体調が悪いならこれを食べるといい」といきなりアロエの葉っぱを渡されたんですよね(笑)。そのエピソードも使わせていただきました。
僕も書いているときには、祖母のところに来ていた髪結いさんのことを思い出しました。三つ襟をつけに、中年の女性が女の子を連れて通ってきていたんです。三つ襟をつけるというのは、和装に合わせて襟足をW字のような形に剃ること。そのためにはカミソリを使わなくてはいけないので、その女性はたぶん無認可だったと思うんです。
本作には、理容に関するいろいろなものを取り込みたいと思ったので、そういった昔の髪結いさんの姿から1000円カット、訪問理容などについても盛り込んでいます。
――「床屋に行きたてのぱっつんカット」がキリに成長のヒントをもたらしたように、理容室や美容室、髪に関する思い出は、誰にも思い当たるものがありますよね。
池田 この本を読んで、「これは僕のことだ」「私のことだ」と思う人はいっぱいいると思いますよ。
僕はこの本を読んで、改めて「理容女子」を広げていきたいと思いました。この業界は衰退産業と言われてはいますが、僕はとっても魅力のある仕事だと考えています。この本で理容の世界に興味を持ってくれる人が増えればいいですね。
上野 美容室のほうが人気やアイドル性があって、若い子が働いている、キラキラした場所というイメージがありますよね。でもこの本の中にも書いているのですが、「髪型と化粧で美しく変身させるのが美容であり、理容は容姿を整え、その人が本来持つ輝きに磨きをかけること」なんです。そんな理容室の魅力を知っていただくことで、本書が女性も含め、多くの方に足を運んでもらえるきっかけになればうれしいですね。
上野 歩 Ayumu Ueno (左)
1962年、東京都生まれ。専修大学文学部国文学科卒業。94年に『恋人といっしょになるでしょう』で第7回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『鳴物師 音無ゆかり 依頼人の言霊』『削り屋』『わたし、型屋の社長になります』『墨田区吾嬬町発ブラックホール行き』『探偵太宰治』などがある。
池田弘城 Hiroki Ikeda (右)
有限会社スプリングアート代表取締役。
http://www.sky1987.com