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昨年映画化されたベストセラーの『ナラタージュ』をはじめ、女性の心理や恋愛模様を瑞々しい筆で描く島本理生さん。今回発売された新刊『ファーストラヴ』は、そんな著者が描く新しい家族小説です。
夏の夕方、女子大生の環菜が血まみれで歩いているところを見つかり、自分の父親を殺したとして逮捕されます。
彼女は犯行を認めますが、動機については「自分でも分からないので、見つけてほしいくらいです」と発言し、世間の注目を集めます。
臨床心理士である主人公の由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、事件の真相に迫っていきます。
整った容姿を持ちながらも、猫背気味で声も小さく、一見人を殺すようには見えない環菜。しかしながら、二転三転する発言や、関係者の発言により環菜の謎は深まっていきます。
たとえば元交際相手は、交際していた時の環菜のことを次のように話します。
「いっぺんキレたら手がつけられないっていうか、人が変わったみたいになるんですよ。本当に、俺は環菜の奴隷みたいでしたよ」
(本書p.63より引用)
また、本来一番の味方であるはずの母親でさえもこのように語るのです。
「環菜は嘘を言ったり、ありもしないことをあったように話したりすることが、昔からあったので」
(本書p.259より引用)
実の母にまで信用されていない環菜は、大人しそうな見た目の裏に父親を殺すような残忍さを隠し持っていたのでしょうか。由紀は15分足らずの面会と手紙でのやりとりを重ねるたび変わっていく環菜の印象に、どんどん引き込まれていきます。
父娘の間に表立った暴力や諍いがあったわけでもなく、誰もが「殺すほどの動機が見つけられない」と首をひねるこの事件。しかし、環菜の初恋のエピソードをきっかけに、彼女の複雑な生い立ちが明らかになっていきます。
ある理由から、無自覚に自分を押し殺してしまっていた環菜。臨床心理士である由紀との対話を通して、少しずつ自分の本当の気持ちに気付いていきます。
どうして彼女は父親を殺さなければならなかったのでしょうか。その答えはぜひ、最後まで読んで確かめてください。
環菜だけでなく、登場人物たちはみな家族について悩みを抱えています。たとえば、主人公の由紀は理解しあうことが出来ない母親との関係に悩み、由紀の義理の弟・迦葉(かしょう)は、親に捨てられた経験を持っています。
最近では「毒親」という言葉も浸透してきましたが、絶つことのできない強い関係だからこそ、悩みを持つ人も多いはず。その悩みの原因は、必ずしも目に見える分かりやすいものとは限らないのだと、この作品は教えてくれます。
本作『ファーストラヴ』は、そんな家族という名の迷宮の、言葉では掬い上げられない心の澱に光を当てた作品です。
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