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5月12日(土)に公開を控えた映画「孤狼の血」。原作の続編にあたる長編小説『凶犬の眼』が、3月30日(金)に発売されました。
直木賞をはじめとする各文学賞にノミネートされ、小説ランキングにも多数ランクインするなど注目を集めた『孤狼の血』。今回発売された『凶犬の眼』では、前作で“悪徳刑事”の大上から刑事としての覚悟を受け継いだ日岡が、ヤクザと対峙しながら、迷い、刑事として成長していく姿が描かれます。
本作を「日岡とともに悩みながら書き上げた」という著者の柚月裕子さん。執筆時のエピソードを、エッセイとして寄せていただきました。
所轄署から田舎の駐在所に異動となった日岡秀一は、懇意のヤクザから紹介された男が、敵対する組長を暗殺して指名手配中の国光寛郎だと確信する。彼の身柄を拘束すれば、刑事として現場に戻れるかもしれない。日岡が目論むなか、国光は自分が手配犯であることを認め「もう少し時間がほしい」と直訴した。男気あふれる国光と接するにつれて、日岡のなかに思いもよらない考えが浮かんでいく……。
新作『凶犬の眼』は、3年前に上梓した『孤狼の血』の続編に当たる。
自著に「佐方シリーズ」と銘打つものがあるが、これは主人公である佐方貞人が、中年弁護士から検事時代の若かりし日へ逆行しているので、続きというよりスピンオフに近い、と自分では思っている。したがって厳密には、時系列に沿った続編を描くのは本作がはじめてとなる。
『孤狼の血』は悪徳刑事・大上と、大上とタッグを組む若手刑事・日岡の物語だが、佐方を除く他の作品同様、これはこれで、完結するはずだった。だが、ありがたいことに、思いのほか反響が大きく、読者の方から「ぜひ続編を」との声をいただいた。
私はかねて、続きが読みたい――との読者の声が、なによりの賛辞であると思っている。だから、そうした声に背中を押されて続編執筆が決まったことを、素直に喜んだ。
しかし、構想を練るうち、すぐに大きな壁にぶち当たった。
前作の終わりで、若手刑事の日岡は、広島の県北にある駐在所へ飛ばされたことになっている。いわゆる左遷だ。
万引きすら起きそうにもない牧歌的な土地を舞台に、なにを描けばいいのか浮かばず、時代設定をもっと先にして、駐在から所轄に戻った日岡を描こうか、とも考えた。
だが、どうもしっくりこない。
人が何かを受け継いだとき、それを真に自分のものにするには時間がかかる。そう簡単にはいかない。きっと日岡も苦悩したはずだ。その悩む日岡を描かずして、ぽんと成長した日岡を描くには抵抗があった。
しかも、時代を暴力団対策法の施行以後(平成4年)に設定すると、警察と暴力団の間に、厳然とした一線が敷かれてしまう。主人公の日岡とヤクザの絡みは、前作以上に描きにくくなる。また暴対法施行以後、大きな暴力団抗争は起きていない、という現実もあった。
思案の末、舞台は山奥の駐在所、時代は前作から2年後の平成2年に決めた。腹も舞台も時代も固まったのに、続編にはまた別の、大きな悩みがあった。
迷う日岡をどう描くか、である。
あまりうじうじしても、日岡らしくない。かといって、堂々としすぎるのも、らしくない。日岡の立ち位置をどう描くかで、本作の成否は決まる気がした。
時間は刻々と過ぎ、連載の締め切りは容赦なくやってくる。とにかく書かねば――迷いながら、原稿に向かった。
この迷いは、連載終了まで続いた。
連載が終わったあと、編集者と打ち合わせをした。
「柚月さん、この部分、迷いながら書いたでしょう。日岡も迷ってますよ」
私の迷いが作中の日岡にそのまま出ている、というのである。改めて読み返すと、まさにそのとおりだった。日岡がぶれているのである。
編集者の意見をもとに、大幅に改稿した。迷いが消えたからか、単行本になった日岡は、ぶれていなかった。
しっかり迷い、思い切り悩み、潔く決断している。まさに、私が描きたかった日岡がいた。
『孤狼の血』が赤い炎だとしたら、『凶犬の眼』は青い炎だと思う。赤い炎のほうが青い炎より猛々しく見えるが、温度は青い炎のほうが高い。本作はそんな熱量を持つ作品だと信じている。
日岡とともに悩みながら書き上げた作品を、どうか多くの方に読んでいただきたい。
昭和63年。暴力団対策法成立直前の広島・呉原―。そこは、未だ暴力団組織が割拠し、新たに進出してきた広島の巨大組織・五十子会系の「加古村組」と地場の暴力団「尾谷組」との抗争の火種が燻り始めていた。そんな中、「加古村組」関連企業の金融会社社員が失踪する。失踪を殺人事件と見たマル暴のベテラン刑事・大上と新人刑事・日岡は事件解決の為に奔走するが、やくざの抗争が正義も愛も金も、すべてを呑み込んでいく……。
出演:役所広司/松坂桃李 真木よう子・江口洋介
原作:柚月裕子(「孤狼の血」角川文庫刊)
監督:白石和彌
脚本:池上純哉
製作:「孤狼の血」製作委員会
配給:東映
柚月裕子 Yuko Yuzuki
1968年、岩手県生まれ。山形県在住。2008年『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。2013年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。2016年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。丁寧な筆致で人間の機微を描きだす、今もっとも注目されるミステリ作家の一人。他の著書に『最後の証人』『検事の死命』『蟻の菜園―アントガーデン―』『パレートの誤算』『朽ちないサクラ』『ウツボカズラの甘い息』『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』『盤上の向日葵』がある。
・柚月裕子さんの読書日記:想像する原点を思い出す5冊
・「別世界へいざなう羅針盤」 柚月裕子さんが綴る、故郷の小さな書店の思い出
・「孤狼の血」シリーズ第3弾にして完結編!柚月裕子『暴虎の牙』連載開始
※初出の情報に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。(2018/4/24更新)
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